※夢主は大学2年





「おまえといても面白くない」
もう聞きなれた言葉。恋人にも友人にもそう言われた。数人が離れていっていつも、最後には一人ぼっち。付き合って裏切られたり捨てられることが怖くて、いつからか私は誰かを好きになるのをやめていた。

会話を繋げたり盛り上げるのが苦手な私にそれでも付き合ってくれるのは、もう昔からの友人と、それから幼馴染みの男の子だけ。

「なまえさん」
「…澤村くん。おはよう」
「おはようございます」

彼は、近くに住む澤村大地くん。小さい頃はよく遊んでいた子で、この間偶然にも坂ノ下商店で再会してから、学校に行く道すがら会えば話すようになった。

「大変だね、部活」
「でも楽しいですから」
「あ、うん、そうだよねっバレー大好きだもんね」

部活楽しい?とか他にもう少し言い方があっただろ!私はとことん、うまい返事を返せないし、うまく話を振れない。

「ああでも…個性的な奴が多いから、まとめるのは確かに大変かな」
「澤村くん、主将だもんね」

フォローが上手いなぁと人知れず感激した。伊達に主将をやっていないだけある。それからはほぼ無言。私も澤村くんもそこまで積極的に話す方ではないから、無難な話をして後は分かれ道でさよなら。

「部活、頑張ってね」
「なまえさんも授業頑張ってください。それじゃあ」

小さく頭を下げて歩いていく澤村くんは、私にはとても眩しく感じた。久しぶりに呼ばれた名前も、無言なのにどこか落ち着く空気も全部が新鮮で、澤村くんに会えた日は少しだけ気分が上がるのだ。

でも、だからこそ、私は彼に近づいてはいけなかった。

あれから1ヶ月と少しほど。私は、澤村くんに誘われて休日の部活動を見学させてもらったりしていた。最初は私みたいな部外者が、と恐々だったけれど、顧問の先生も他の部員の子達も皆いい人達ばかりで直ぐに打ち解けることが出来た。

それでも、あまり歳の変わらない筈の皆は凄くきらきらとしていて、決して私には入れない世界にいる彼らが羨ましくなる。

最近の澤村くんは、再会した時と比べると何だかよく声をかけてくれるようになった。最初は何のことはない、他人を放っておけない彼のことだから、いつも一人の私に気を遣ってくれているのだと、そう思ってた。

しかし、いつもの休日練習の帰り道それは起きた。

「今日も皆、すごかったね」
「少しでも早く、強くなりたいですから」
「…うん。楽しみだな、皆が強くなってくの」
「……なまえさん」

不意に足を止めた澤村くんに呼び止められる。その声は若干の緊張を孕んだような、真剣さが窺える声で思わず息を飲んだ。

「どうしたの…?私なんか気に障ること」
「そうじゃないんです」
「…」

俺、と小さく呟いたきり俯いてしまった澤村くんに、私はというと近付くことも出来ずに立ち尽くすままで。こんな時でさえ年上のくせに情けないものだと、心底自分が嫌になる。かける言葉さえ見つからない。

「…えっと」
「……俺、なまえさんが好きだ」

それでも何か言わねばと開いた口は、澤村くんからの突然の言葉を受けて、だらしなくも開いたままだった。

「え…」
「昔から、その…気にはなってたんだ。だけどいつからか会うこともなくなって…正直、部活のこともあったし忘れかけてた」

ゆっくりと思いを語りながらも一歩一歩確実に近づいてくる澤村くんに、動けない私。だけど頭では、動かなければだめだと警報が鳴り響く。

「けど、久しぶりに会って、話してみたらほとんど変わってなくて、やっぱり俺はなまえさんが」
「……わ、私………だめなの、」
「…え……あ!」

顔を上げ、真っ直ぐ私を見つめる澤村くんと目を合わせられなかった。それどころか私は最悪のタイミングで、逃げた。ろくに返事もせず、それどころか勝手に話を終わらせてしまって。

大学に通い始めてから履き出して、未だあまり慣れないヒール久しぶりに全力疾走したせいだろう、家を目前に気が緩んだのか思いきり足を挫く。

「いっ…たあ…」

痛みと混乱で泣いてしまいそうになりながらも、何とか震える手でドアを開き、鍵を閉めると同時にすっかり体の力が抜けてその場に座り込んだ。


『俺は、なまえさんが──』
『お前といても面白くない』



澤村くんと今までの恋人、友人たちの声が交互に反響して思わず頭を抱えてうずくまる。ごめんなさい大地くん。でも、だめなの。私は、もう。


…もう誰かを好きになるのは止めたの。裏切られるのが怖いから。だから彼の気持ちを知ることさえ怖くて逃げた。最後まで聞いてしまったらどんな顔をしたらいいのかきっと解らなくなる。

澤村くんのことだから本気なのはわかった。こんな冗談で騙すような子じゃない。それでも、……いつか呆れられて捨てられるのが怖い。年の差も、彼の持つ魅力も、私じゃあ到底釣り合わない。

そこまで考えて、ふと考える。何をそんなに怯えているんだろう。釣り合わないとか捨てられるのが怖い、とか。それじゃあまるで。

「……は、はは…馬鹿みたい…」

気付いてしまった。自分の気持ちに。私もいつの間にか、真っ直ぐで輝く彼に惹かれていたらしい。そんなこと今更気付いたって何の意味も無いというのに。

「…っふ、」

零れた涙がぼたぼたと落ちて服に染みを作っていく。ぼやけた視界でその染みを見詰めて、少し経った頃だった。突然聞こえたインターホンの音。

こんな顔じゃあ誰にも会えない。知り合いじゃないことを祈りながらそっとドアの覗き穴から外を盗み見る。そこにいた人物に、私は本日二度目の阿呆面を晒すことになった。

「………澤村、くん」
「…まだ、帰ってねえのかな」

小さく聞こえた、困惑気味の声に何故かまた泣きたくなる。このままでいればきっと、彼はじき帰るだろう。けど、それだけはしてはいけない気がした。

そうして深呼吸を数回繰り返し、それから、そっと扉を開く。澤村くんはといえば不意に出てきた私に暫し呆然としながらも、直ぐに安心したような顔をして、けれどそれもすぐに困惑へと変わる。

「よかった。いてくれ………泣いて、たんですか」
「…っ」

否定の言葉が出てこなくて、私はただ俯いたまま首を横に振る。扉を開けたは良いが、この状況で何を話せばいいのかわからない。

「…俺、謝りたくて。いきなりあんなこと…」
「っ澤村くんは、悪く…ないよ…」

咄嗟に声を出してしまった。だって逃げたのは私。彼は何も悪くない。ちらりと澤村くんを盗み見れば、彼もまた私と同じように俯いていた。

「……なまえさん、足…どうしたんですか?」
「え、…あ、さっき挫いちゃって」
「冷やした方がいいです。……失礼します」
「えっあ、っちょ…」

言うが早いか意を決したように口にした澤村くんに、あろうことか私は所謂、姫抱きをされていた。しかしそれに構う間もなくすぐにリビングのソファにおろされる。

「すいません。ちょっと水道借ります」
「は、はい…」

ここまできたら断ることも出来ずに台所に向かう彼を見送る。と、すぐに濡らしたであろうタオルを持った澤村くんが戻ってくる。足首に当てられたタオルはひんやりとして心地よかった。

「まだ使ってないタオルなんで」
「う、ん…ありがとう……ごめんね」
「それは、何に対してですか」

その言葉に、ドキリとする。暗に先程のことを蒸し返されてまたどうしたらいいかわからなくなる。だけど、だけど。目の前の澤村くんはやっぱり真剣で、逃げるなんてしたくなかった。

自分の気持ちには気付いた。もう、どう思われてもいい。だからちゃんと向き合って話そう。小さく震える手を強く握る。するとその手に暖かさを感じた。澤村くんの大きな手が、確かに私の手を包んでいる。

「…どんな答えでも、ほしいです」
「………うん」

それから私は、全て話した。昔の恋人や友人に言われたこともそれ以来人付き合いに怯えるようになってしまったことも。澤村くんはただ黙って聞いてくれていた。

「──俺は、小さい頃からなまえさんを知ってる。良いところも沢山。だから今更そんなことで、離れたりしない」

それは、幼い頃からよく見ていた澤村くんの笑顔。自分の方が年下だと錯覚してしまうような、安心する笑顔。いいのかな、本当に。この気持ちを伝えても。

「…澤村くん、本当に私から離れていかない?」
「行きませんよ」
「だって私は、年上だし」
「俺は気にしないですけど」

こんな押し問答、キリがないのに。それでも澤村くんは一つ一つに安心できる言葉をくれる。

「私、ネガティブで性格も…こんなだし」
「…それも含めて好きですよ」
「っ…信じて、いいの…?」
「誓います。裏切らないって」

裏切らない、なんて言葉にすれば簡単。だけど、私はそんな単純だけど確かな言葉が今一番欲しかった。フラれた時より、友が離れていった時よりも、涙が溢れて止まらない。

「………大地、くんっ…」

懐かしい、昔に呼び慣れた彼の名前。掠れていて消えそうな小さな声だけど確かに届いていた。嬉しそうに笑った大地くんが、タオルを当てていた足を少し上げたかと思えば、甲にそっと口付けられる。

「なまえさん。好きだ」
「ふふっ…恥ずかしいよ、………っ」

笑わなきゃ、と思えば思うほど涙が止まらないのだけど彼はそれすらも容易に受け止めてくれて。抱き締められると、爽やかな香りが鼻腔をくすぐって、委ねるようにそっと目を閉じた。

ようやく、泣ける場所を見つけられた。



足の甲(隷属)




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