お伽噺に出てくるような王子様。小さな頃は憧れていた。でも今は微妙だ。王族の暮らしなんて肩が凝りそうだしそもそもこんな平凡な私みたいなのが選ばれるわけがない。

白雪姫もシンデレラも100年眠り続けた少女も、みんな美少女であった故のハッピーエンドなのだ。ただ時々、少しだけ羨ましくなる。

「あーあ、王子様が迎えに来てくれないかなぁ」
「はぁ?王子?」

夕暮れも近付いてきた教室で日直日誌を書いていた私は、たまたま部活が休みで私の教室前を通りすぎようとしていた幼馴染みの影山と、何故か一緒に帰ることになった。

何故か、というより久方ぶりに彼を見かけて思わず声をかけて誘ったのだけど。この高校に入ってから、家が近いため外で偶然会って話すことはあれど、学校で話すのは本当に久しかったため、すんなり貰えたOKに拍子抜けした。

そんな影山は、先程の私の呟きをご丁寧にもキャッチし、あろうことか疑問系で返してきた。口にしてから恥ずかしくなって、気付かれませんように、と願ったのはどうやら無駄だったらしい。

「あー…影山は王子様って感じじゃないよね〜」

苦し紛れに引きつる笑顔のままそう言えば、どことなくムスっとした顔で私の前の席の椅子に腰掛ける影山。まあこいつは普段からムスっとしているけど。

「…。王子ってどんなのだよ」
「えっそこ食い付いちゃう?」
「お前が言い出したんだろ。さっさと言え」

まさかの反応に、いよいよ以て羞恥心が煽られつつも何とか冷静を保ちながら思案する。私の中の、王子像ねえ…。

「…えーっと、まず颯爽と現れて私の前に片膝をつくのね。…それから…こう、手を取って」

一つ一つ、場面を思い描きながら、自分の右手で自分の左手を救うように持ち上げる。我ながら何ともベタ
だと思ったが存外、影山が真面目な顔で聞いているのでそのまま話を続ける。

「…で?」
「それから、──お慕いしておりました、…みたいなことを言ってくれるっていう」
「そんな奴いるわけねぇだろーが」
「……。いやわかってるよ!なにさ、影山が聞いたくせに。いいじゃん夢見るくらい」

自分で思っていたより想像が楽しくなって最後にはテンションがやや上がり声音を変えたりしながら話終えると、予想以上にばっさり切り捨てられた。有り得ないのは百も承知だ。

「やっぱり女子の夢ってのは男子にはわからんのかねー」
「…」
「……え、ちょ何っ」

何も言わない影山に、また日誌に戻そうとした視線を向けると目の前には誰もおらず、変わりに私の真横に、床に片膝をつけた影山がいた。

「ちょ、何してんの影や、」
「"お慕いしておりました"」
「…っ!」

真っ直ぐ見上げてくる、射抜くような瞳に一瞬息が止まりそうになる。ふざけているのかとも思ったけれど、ふざけてこんなことが出来るような奴じゃないことは幼馴染みである私が一番よく知っていた。

「─これでいいのか」
「な…」

それ以上二の句が告げずにいる私の表情を窺っていた影山が痺れを切らしたように、呆けている私の手を乱雑に引っ張り取ると、またもや信じられない行動に出た。

「いい加減、気付けってんだボゲェ」

全く以て王子様には程遠いような言葉遣い。だけれど何故か今の私には、どんな王子よりも手の甲に唇を当てて固まる幼馴染みの方が格好よく思えた。

「影山?」
「うっさいこっち見んな」

実践したはいいものの、恥ずかしさが勝ってしまったのかこちらを見ようとしない影山の顔は、きっと真っ赤なのだろう。くっついたままの唇に、私まで照れ臭くなってきた。

「飛雄」
「っ……!」

ばちん、と弾かれるように顔を上げた彼の顔は、笑ってしまうくらい赤くて今までに見たことないような情けなさを孕んだ顔だった。

「私のこと、好きだったんだ」
「だ、だだ誰がお前みたいな」
「…えー。私は飛雄のこと嫌いじゃないのに」
「!………好き、だ」

前言撤回、15分前の私。ずっと夢見ていた素敵な王子様は、こんなに長い間一番近くにいたみたいです。



手の甲(敬愛)




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