(燐しえ)



「今日、帰りたくないなぁ」

しえみは俺の手を強く握り、小さな声で言った。

夕日は沈みかけていて、空は三色に割れている。その一色の茜色が移ったみたいに、しえみの顔は朱く染まっていた。


「それ、どういう意味?」

ドキドキと逸る胸をこれ以上逸らせないよう注意しながら聞けば、しえみは史上最強にぶさいくな顔をして黙ってしまった。どうやら恥ずかしさを堪えている顔のようだった。


「なぁ、どういう意味だよ?」

「…」

「しえみ」

いつもの俺なら絶対ここまで聞こうとしない。だけど、しえみがいつもより大胆だったせいで、俺も大胆になってしまった。…ということにして、俺はそれに拍車をかけた。そしたらしえみは、目をギュッとつむって更にぶさいくな可愛い顔をしてみせた。


「燐と、」

「ぅん」

「離れたく‥ないんだよ」

「‥、そか」


俺も、離れたくない。
俺はやはり口より手が早い人間だ。今回も案の定、言うより早く体が動いてしまって、気付いたらしえみを抱きしめていた。


「俺だって、離れたくねぇよ」

「燐‥」

「しえみ‥好きだ」

「私も‥」


いつもそうだ。別れ際が1番辛い。例え明日また会えるのだとしても、その明日までが途方もなく長くて遠い。こんなのいつも、しえみにだけだ。こんなに胸がじりじりと焦がれるのも、愛おしいのも、しえみにだけ。


「あー…なんで俺らって離れてんだろ。一緒の家に帰りてぇな‥」

「一緒のお家に‥?」

「うん。もうさ…しえみと俺が一つだったらそういう悩みも全部なくなるのにな‥て最近よく思う。」

俺がそう言えば、しえみは『どういう意味?』と返してきた。


「だからさ、俺としえみが一つの個体とか」

「それ、私は嫌だなぁ」

「え?なんで」

「私と燐が一つだったら、確かに離れないけど…」

「だろ。不満?」

「不満じゃないよ」

「?」

しえみはモジモジと、俺の背中に回した自分の手を弄りだした。やめてくれ、くすぐったい。堪らなくなって更に強く抱きしめる。


「わたしは…」

「うん」

「逢いたい‥抱きしめて欲しいって思えなくなるのが寂しい‥」

「?逢えないとかが寂しいんじゃねぇの??」

「うん‥逢いたいとか、抱きしめて欲しいって考えてる時もすごく寂しいよ。でもその時って、ずっと燐のこと考えてるから‥」

嫌じゃないの。
しえみはハニかんで俺の首筋に頬を寄せた。
首から全身へぞくぞくと何かが走りぬける。

「私は燐とは別の体で…こうやって、燐と触れ合って‥き、キスとかしたいよ」

「っ、」

俺のツボばかり突いてくるしえみには、いつか壊されてしまいそうだ。

その日。
やっぱり言うより行動派な俺は、しえみを文字通り一緒の家に連れて帰ったのだった。そして次の日、周りにこっぴどく叱られてしまったのは言うまでもない。



(彼女はまるで悪魔のように、悪魔の俺を揺さ振り、惑わす。)





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