(金しえ)
その日、志摩家に遊びに来たしえみは金造と二人、縁側に腰掛け庭を眺めていた。
不意に、近くに見える盆栽を眺めていたしえみに、金造が呼びかけた。
「なぁ、しえみちゃん」
「何ですか?金造さん」
「あんな…、えっとな…」
「はい。」
「えっと…」
何故か言い淀んでいる金造を、しえみは何だろう?と上目遣いに見る。
「金造さん??」
「…ちょお待っとってな」
金造は片手で顔を抑えると、足元の下駄を突っかけて庭に出た。
「金造さん?」
しえみも続いてふらりと出る。金造は真っ赤になった顔を両手で覆いながら、しゃがみ込んでいた。しえみはそっと近付き同じようにしゃがみ込む。しえみが黙って待っていると、金造は俯いたまま『なぁ、』と静かに話し出した。
「…しえみちゃんも俺のこと、どアホやて思う‥?」
「…へ?」
しえみは驚き、素っ頓狂な声を上げた。再び黙った金造の様子を伺う。
(『も』ということは、もしかしたら誰かに言われたのかなぁ?)
そんなことを考えていると、金造が再び口を開いた。
「しえみちゃんは、アホな男の嫁さんなるん、イヤ?」
「えっ?お嫁さんですか?」
「おん…」
しえみは首を傾げ、何かに気付くとピンと姿勢を正して『金造さん‥それって』と言いかけた。だが、
「‥ッだああアカンッ恥ずい今のナシっ!!ゴメン今のは聞かんかったことにしてんか」
「はぁ…」
もうアカン、無理。と言いながら、金造はしえみの言葉を遮り、恥ずかしそうに腕で顔を覆ってしまった。金色のサラサラとした髪の隙間から覗く耳が、今まで見たことがないくらい真っ赤に染まっている。しえみは思わずクスッと笑うと、金造の肩にそっと触れ、『金造さん』と呼んだ。
「私、金造さんのことをどアホだと思ったことないですよ?」
「…、ホンマ?」
「アホって思ったこともないです」
「…嘘とちゃう?」
「はい。それに、もしも金造さんがどアホなんだとしても、私はそんな金造さんを好きになったんですから。」
「…しえみちゃん‥」
「私、今の金造さんが大好きです。これからもずっと金造さんは金造さんらしくいてくださいね」
「っ、しえみちゃん…!愛しとんで!!」
「金造さん‥きゃっ!」
ガバッと抱き着いた金造に少し圧倒されながらも、しえみは笑って金造を抱き留めた。
ぎゅうっと抱きしめる金造の背中に腕を回す。伝わる体温が心地好い。やがて、金造が『なぁ、しえみちゃん』と呟いた。
「はい。なんですか?」
「俺の嫁さんなってくれへんか」
「‥私で、いいんですか?」
「しえみちゃんがえぇねん。」
「金造さん…」
「しえみちゃん以外、考えられんのや。」
そう言って、金造はしえみをそっと離すと彼女のおでこに唇を落とした。
「‥私も、金造さんがいいです」
しえみは照れたように眉を下げてから、くすぐったそうに笑った。金造は、そんなしえみのキラキラと嬉しそうに輝く綺麗な瞳を愛おしそうに見つめる。しえみも金造の瞳を至近距離で見詰めて、やがて、二人はどちらともなくキスを交わした。
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「なぁ廉造。考えてみてんか」
「へっ!?ちょ、柔兄っ急に話し始めんのやめてや!隠れてんのバレるやんか〜っ(小声)」
「あれって感動のシーンかもしれんけどな、変換すると『これからもずっとどアホはどアホらしくおれよ。どアホ』て言うてるぞ。えぇんか」
「そんなん知らんて!それより頼むから声落として‥っ(小声)」
「それで喜んどるてことは、アイツはやっぱりどアホやったんやな…」
「じゅ、柔兄!金兄に聞こえてる!杜山さんに見えんようこっちに後ろ指さしてんで!!」
「アイツは正真正銘のどアホや‥」
「(この人ほんま人の話し聞かへんなくっそー!)絶対あとでドロップキックかまされるわ!イヤ〜っっ」