(柔しえ)



柔造さんの大きな背中が好き。
背中に抱き着いた時に回した私の手をそっと優しく握ってくれる、大きくて温かい手も、その温度も好き。大好きなその背中にぎゅうっと抱き着いて、そのままストレートに言ってみた。

柔造さんは驚いた表情をしてから優しく照れたように笑って『ありがとぉ、な』と言った。


「どないしたん?急に」

「えっと、な、なんとなく?‥です」

「なんとなく‥?なんや、しえみの気まぐれにはドキッとさせられるなぁ」

柔造さんは、困ったようにハハハと笑っている。

(いつもドキッとさせられるの私の方なのになぁ…)

そう言いたいなぁ‥と思った。だけど、柔造さんが私の指に指を絡めてきて『可愛らしぃ手やな』って呟くように言ったから、私の心臓はうるさくなって、言おうと準備してた言葉達は引っ込んでしまった。恥ずかしくて熱くなった顔を柔造さんの背中に押し当て額を擦り寄せる。柔造さんは、彼の胴へと回した私の腕から指の曲線を、ゆるりとなぞり、包んでくれた。
その一つ一つの動作にまで意識がいってしまって、心臓が暴れ出す。触れてくれるだけでもう嬉しくて、どんどん深みに嵌まってゆくように、私の心は彼と、彼への好きだという気持ちに侵食されていった。
不意に、柔造さんが手を止めて、小さく笑った。

「柔造さん‥?」

「ん?あぁ。なんや、嬉しぃて笑ってしもた」

「嬉しい?何か良いことありました?」

「おん。あった、っちゅーか、今もなんやけど」

「‥今?」

「しえみ、俺の手好きやて言うてくれたやろ?」

「‥はい」

「なんかな、それ聞いてからいま改めて自分の手ぇ見たんや。そういえば今まで自分の手とか気にしたことなかったんやけど…ほかでもないしえみが、俺のこの手とか背中を好きや言うてくれるんなら、こういう風に生まれてよかったなぁて思う。」

『そこは親にも感謝せなアカンな』

そう言って、彼はまた笑った。

柔造さんはわかってないなぁ、と思う。

(私はどんな手だからじゃなくて、貴方の手だからこんなに好きなのに‥)

そう思いながら頭を離して見上げると、彼はこっちを向いて優しく『しえみ』と呼んだ。

「?‥はい、」

「キス、してもええか?」

「へ?‥っん!」

返事を待たずに触れるだけのキスをされる。

「っ柔造さ‥、」

離れた柔造さんは、『可愛らし』と言ってやわらかく微笑んだ。

「しえみ。好きやぞ」

優しく抱きしめてくれる柔造さんに私はドキドキしながら身をくっつけて、大好きな彼の匂いを吸い込んだ。
ドキドキ、ドキドキ。
胸が苦しい。
どんどん、どんどん好きになっていく。底無し沼みたいに足掻けば足掻くほど貴方にハマって抜けられない。柔造さんが私を好きだと言ってくれる好き以上にきっと、もっともっと、私の好きは大きい。
貴方は気付いていないかなぁ?
ほら、また今も胸に燻る熱が貴方を求めて、抑えようとすると苦しくて切なくて堪らない。
でも何だか悔しいから、今は、言わないでおこう。それで、出雲ちゃんや朴さんに駆け引きっていうのを教わってこよう。



(大人の余裕は、ヒールと背伸びで追い越すわ。)



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