(燐しえ)*死ネタ
燐の独白



さりげない優しさとか。慈しみ、包み込んでくれるような愛とか。挙げ始めたらキリがないくらい、彼女はたくさん持っていて、惜し気もなく俺に与えてくれた。何時しか俺は、一つも欠かす事が出来なくなった。彼女の澄んだ瞳を見詰める時間がたまらなく幸せだった。彼女の瞳に写る自分の姿を認めた時、流れ続ける時間が憎いとすら思った。それを本人に告げたら、あまりに優しく微笑んでくれたものだから、胸が熱くなって、涌き水みたいに涙が溢れて止まらなかった。そうやって、いつの間にか無意識に彼女ばかりを求めて、何十年と一緒に生きた。二人の間に子供は出来なかったけど、いつも笑顔が絶えなかったし、とにかく毎日幸せだった。

でも現実とは酷なもので、しえみは俺を置いていくようにどんどんと老いていった。やがて、彼女の雪の様に白かった肌にシミが出来て、シワが増えた。髪が白くなって、腰が曲がって小さくなった。そして体のあちこちが痛いと言い出した。そんなとき俺は、力を入れないように気をつけながら、時間をかけてゆっくりとしえみが痛がる箇所を撫でたり揉んだりした。その度にしえみは、『燐は優しいね』と言った。しえみの調子がいいときは、二人で散歩をした。彼女の歩幅とゆっくりな歩調に合わせて。随分とシワシワになった、でも相変わらず柔らかくて可愛い手と俺の手とを繋いで、二人で鼻歌なんかを歌ったりしながらのんびり歩いた。行く道々で出会った人には『おばあちゃんの手を引いてあげて、良いお孫さんねぇ。羨ましいわ』みたいなことを度々言われたけど、その度『違います。夫婦です。ラブラブな』といちいち訂正する俺に、しえみはやっぱり『燐は優しいね』と言うのだった。
やがて、しえみはベッドから殆ど出られなくなった。彼女が動けない分、俺がそれを補い不自由さをどうにか軽減させようと努力したけど、甲斐なく彼女の身体は悪化の一途を辿り、遂には寝返りさえもうてなくなった。辛そうにするしえみの背中を摩るしか出来ない俺に、辛さを堪えて尚も彼女は笑ってくれた。

そして、しえみが老衰で息を引き取る時、ベッドの脇で泣きじゃくる俺に向かって『燐、お別れだね』と言った。その笑顔がやっぱり優しくて、俺は「待ってろ、すぐに俺も行くから」と言って手を強く握った。だけど、しえみは少し困った表情をして『それはダメだよ』と言った。理由を聞けば、『燐は、まだ若くて先がとっても永いから。もっと生きて幸せをたくさん知ってほしい』と言う。しえみがいない場所で、幸せなんて見出だせる訳がない。だが、俺が幾ら「嫌だ」と言っても、しえみは『お願い。約束して』と言って俺の言うことに聞く耳を持たず、更に小指まで突き出してきた。こういう時、いつも先に折れるのは俺の方だった。結局、最後まで俺はしえみに甘い。しぶしぶ小指を絡め、『指切りげんまん〜』と、か細い声で歌う彼女の声に耳を傾け、約束をした。しえみは嬉しそうに『ありがとう』と笑ってから『燐、先に行ってのんびり待ってるね』と言い、やがて静かに息を引き取った。彼女の手から、身体から熱が消えてゆく。優しい命が、器だけ遺して抜けて逝ってしまう。彼女が冷たくなってからも、暫く俺はしえみの抜け殻の側を離れることができなかった。


しえみは人間にしては長生きだったから、彼女と親しかった昔の仲間は皆すでに死んでいて、葬儀は俺だけが参列する寂しいものだった。尤も、彼女は生前から賑やかなのは苦手だと言っていたし、俺もそれを望んでいなかったので何ら問題はなかった。けれど、何処から聞き付けたのか、メフィスト・フェレスがあの胡散臭い薄ら笑いを浮かべながらやってきて、いつまでも墓前で立ち尽くしている俺に『永遠の別れというものは、一時の別れよりも辛く悲しいものですね』と、話し掛けてきた。俺は『永遠の別れじゃない、しえみとはまた会う約束をした』と告げたのだが、何故かメフィストは不思議そうに首を傾げた。そして憐れむように、『ああ、可哀相に。気付いていなかったのですね』と呟いた後、

『貴方と彼女の逝く先は、天と地以上に違うのですよ』

と、初めて見る真面目な顔で悲しそうに言ったのだった。

なんということだ。
半分とはいえ、青焔魔の落胤である罪深い悪魔の俺と、純粋で慈悲深い人間の彼女が同じ場所へ行き着く訳などなかったのだ。







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