旧7班*未来



火影塔で山積みの書類に目を通していたら、ノックもせずにサクラちゃんが入ってきた。火影の部屋にノックなしで入ってくるのは、サクラちゃんとサスケぐらい。それと、カカシ先生がたまに窓から入って来たりする。あとは刺客っぽい奴がたまーに入って来たり。俺ってば忍だし、一応火影だし、背中を狙われるのには慣れてしまった。


「サクラちゃん?」

部屋に入ってくるなり、サクラちゃんは落ち着かない様子で俺の前をいったり来たりし始めた。鼻歌を歌ったり、急に一点を見つめてして自分の世界に入ってしまったりして、心ここに在らずな彼女の様子に、手を止めて首を傾げる。

「今日は随分と機嫌がいいね」
「え?」
「なんか、スッゲェ嬉しそう」
「わかる?」

キラキラした眼差しにウンウンと頷いて返せば、彼女は口元に両手を当てて嬉しそうに笑った。堪えきれなくなる程、嬉しいことでもあるのだろうか。

「良いことあった?」
「良いこと?あったっていうか、あるっっていうか…」
「?」

嬉しそうにしてた割には曖昧だなぁ。なんて思っていると、彼女は満面の笑みで近付いてきた。

「ナルト」
「ん?」
「今日、なんの日か知ってるわよね?」
「……今日?」

何だっけ?何かあったっけ?
考えながら、卓上カレンダーに視線を移す。

「今日は、確か……」
「うんうん」
「この書類の締め切りの日」

手元の用紙を一枚持ち上げて翳して見せる。そして紙の横から覗いてみると、サクラちゃんは肩を落としてゲンナリした表情を浮かべていた。こういう時の顔は昔からずっと変わらないなぁ。

「アンタね……」
「え、違った?」
「違うわよ、仕事の話じゃないわ」
「じゃあ何だっけ?」

つき出させた上唇と鼻の間にペンを挟んで腕を組む。うーんと唸りながらあれこれ考えてみたけれど、書類の締め切りのことしか思い浮かばない。というか、書類どうしよう。マジでヤバイんだった。

「ダメだ。わかんねってばよ」

降参のポーズをすると、サクラちゃんは『もう、しっかりしなさいよ。こんな大事なこと忘れるなんて』とか言いながら、渋い顔で重いため息を吐き出した。

「あのね、今日は、」
「帰ったぞ」

サクラちゃんの言葉に声が重なる。
ノックもなく部屋に入って来たのは、半年ぶりに会うサスケだった。伏せていた瞼が持ち上げられ、こちらを見た瞬間に少し驚いた表情が浮かんだ。

「?何してんだ、お前ら」

降参のポーズの俺とサクラちゃんを交互に見て、サスケは顔に困惑の色を浮かべた。

「へ?サスケ……?」
「サスケくん!おかえりなさい!」

「なんで?お前ってば、長期任務で砂の里に行ってたんじゃあ……」

本物のサスケなのかと一瞬疑いの眼差しを向けた俺に、サスケが眉を潜める。

「なに言ってんだお前、今日帰るって連絡しただろ」
「……え?」
「サクラに送ったのと同じやつを」

こんどは俺が困惑する番だ。ポカンと口を開けていると、サクラちゃんが『便箋の方は、証拠隠滅の為にすぐ燃やしちゃったから無いんだけど……』と言いながら自分のポケットを探って、何か取り出した。

「ナルト、もしかしてこれ……届いてなかった?」

心配そうにしながらサクラちゃんが封筒を見せてくる。その色と柄、なんか覚えがあるような、無いような……

「あ!それってば……っ」

ごった返しているデスクを掘り返すように探る。

「ナルト?」
「あった!」

少しくしゃくしゃになっている封筒を見つけて確認すると、未開という点以外はサクラちゃんの持ってるヤツと同じだった。

(やっべぇ……忙しさにかまけて後回しにしてたんだった!)

「なんだ、ナルトにもちゃんと届いてたんじゃない」
「後回しにして、そのまま忘れてただろ。お前」
「ははは……ゴメンってばよ」

ピリピリと封を破って便箋を取り出す。俺のチャクラでしか読めない様に施された紙に、自分のチャクラを流し込む。すると文字が薄く浮かび上がり、サスケが任務を遂行した暗部の隊員を連れて木ノ葉に帰還する事や、隊員がみな無事だという事について書かれていた。日付も今日を予定していることが記されている。

「まったく……」

サスケはやれやれと息をついて、鋭い視線を此方へ向けた。

「急を要するような重要な知らせだったらどうするつもりだ。それにこんな保管の仕方しやがって」
「でもさ、お前ってば急ぎだったり、外部に漏れちゃ駄目な大事な知らせはこういう報せ方しない奴だし……」

肩を落として謝るが、サスケは益々表情を曇らせた。

「それは基本的な話で、絶対じゃない。今回は何もなかったから良かったが、下手したら悪意ある奴らに里の危機に直結するような機密情報を垂れ流していたかもしれない。お前、最近少し平和ボケしてんじゃねぇか」

ゴクリ。
鈍った頭に走った緊張を唾と一緒に飲み込んだ。緊張と共に、申し訳なさが募っていく。
サスケは優しい奴だから、いつも俺に憎まれ口を叩く役を買って出てくれている。本当は言いたくないようなことを、言われなくちゃ気付けない俺の為に敢えて言ってくれることを知っているから、言わせてしまう馬鹿な自分に腹が立つ。なによりサスケの胸を痛ませていると思うと悲しかった。

「ゴメンってばよ」
「御免で済むか。気を付けろ」
「反省……してます」

どんどん小さくなっていく俺から書類を取り上げて、サスケは眉間の皺を濃くした。

「言っとくが、俺はお前の尻拭いなんかゴメンだからな」

「う゛……」

言いながらサスケは引き換えに今回の報告書を差し出した。

「ほら、受けとれよ」
「ご、ご苦労でしたー!」
「早めに目を通しておけ」
「おう……えっと、この締め切りの書類が仕上がったらな」
「は?」
「え?」

物凄い眼で睨まれて、思わずたじろぐ。サスケは何か言いたげに口を開いた後、ややあって額に片手を当てると息を吐いた。物凄く呆れられてる感じ。ああ俺、またやらかしたのかなぁ。

「すまねぇってばよ、サスケ」

謝ってから山積みの書類に沈む。なんだか俺ってば、駄目な奴だなぁ、なんて柄にもなく反省してみたりして。
『謝んな』ってサスケが小さく呟いたのが聞き取れた。目が霞んできて瞼を擦る。俺ってば、何日寝てないんだっけ……?
ゴシゴシと瞼を擦っていると、背中にふわりとタオルケットが被さった。サクラちゃんが掛けてくれたらしくて、見れば彼女はにこにこと笑っていた。その笑顔のまま彼女はスゴい力で俺を椅子から引き抜くように持ち上げると、部屋の角にあるフェイクレザーの安物のソファーに俺を下ろした。というか、落とした。

「サ、サクラちゃん?」

俺ってば、何されるの?
見上げて体を震わせていると、遠くからサスケが俺を呼んだ。

「これも、この書類もここに山積みになってる書類は見る限り全部、火影以外にやらせても構わない仕事だった筈だ。なんで他の奴に任せないんだ」
「え?」
「以前にも言った筈だが、お前でなくてもできる仕事はお前の分じゃねぇ」
「は……?でも俺、」
「お前の、分じゃ、ねぇっ」
「っはい!」

(サスケェ……恐いってばよ!)

反論を許さぬようにと繰り返された言葉で喉がキュッと絞まる。

「お前は火影だろ」
「うん……」
「只でさえ背負わなきゃなんねぇ物が多いやつが、背負わなくていい分まで抱えようとすんじゃねぇよ」
「ご、ごめん」
「謝るなって言ってるだろ……はぁ。ナルト」
「はい」

「俺がお前の背負わなくて良い余分から負担してやれるのは、せいぜい3分の1だ。その中にこれは含まれない」
「は?」
「この類いのものは数にも入らないからな」
「それって……でも、お前いま帰ったばかりだし」
「お前、俺をなめてるのか?」
「いや、そういうことじゃなくて」
「他人の心配はその目の下の隈を取ってからにしろ」
「サスケ、」
「この仕事だけの話じゃねぇ!」

ピシャリと打ち付けられた言葉の意味がわからず、サスケをじっと見詰める。サスケは拗ねたようにそっぽを向いた。

「それ、どういう……」
「じゃ、私も3分の1ね」

パン!と手を叩く音がして、弾かれたように見上げると、サクラちゃんが腕捲りをしていた。

「やりましょうか、サスケくん!」
「ああ」
「サ、サクラちゃん?」
「ナルト、ぼさっとしないの!……あ、でも今はぼさっとしてたほうがいいのかしら」

彼女は笑って俺にタオルケットを掛け直す。

「これは私とサスケくんでパパッと片付けるから、その間あんたの仕事は仮眠をとることよ。で、終わったらナルトの家で鍋パーティーね」
「……パーティー?」
「そうよ。アンタもしかして、その約束も忘れちゃってた?」
「約束……」

肩にそっと乗せられた白い手をじっと見てから視線を游がせる。

「サスケくんが帰還した日は4人で鍋パーティーしようって言ってたじゃないの」

記憶を辿りながらサスケを見れば、俺の椅子に座りながら口パクで『ウスラトンカチが』と言ったのが見えた。
ちょっと待てサスケ、そこは火影の席だ。他にも椅子があるだろ、と言いかけたけど、呆れたように笑った顔が優しくて、思わず口を噤む。

「思い出した?」
「うん……忘れてたってばよ」

なんだかまた目が霞んできて、俺はゴシゴシと瞼を擦ってからもう一度サクラちゃんを見上げた。

「ねぇ、サクラちゃん」
「ん?なに?」
「確か今日、何かあるとか言ってたよな?」
「ああ、うん。言ったわね」
「あれってばやっぱ、サスケの帰還のこと?」

聞けば、サクラちゃんはやれやれとあきれた素振りで首を振った。

「それもあるけど、もう一つ。ナルト、今日はホワイトデーなのよ」
「ほわいとでー?」
「バレンタインデーの、お返しの日」
「は、はぁ……」
「サスケくんは、里に急いで帰ってくるってことで私に幸せをくれたから、それがお返しかな」
「?うん」
「けど私、まだナルトには何も貰ってないのよね〜?」
「えぇ!?」

ちょっと意地悪な顔で視線を落とされて、慌てる。

「な、何をあげたらいいんだってばよ」

火影って実は薄給だし、たいそうなものは買ってあげられないってばよ、なんて焦って言う俺に、サクラちゃんは困ったように微笑んでみせた。

「サスケくんがナルトに貰ったのと同じものよ」
「?」
「私にも一緒に背負わせなさいっての」

『ね?』と言ってサクラちゃんは照れくさそうに笑った。
そして赤子をあやすように俺をタオルケットの上から優しく叩きはじめた。どうやら彼女は俺が眠りにつくまで俺の御守りをするらしい。その少し後ろではサスケがスゴいスピードで書類を片付けていた。胸がむずむずして、顔が熱くなりタオルケットで顔を隠した。
涙が零れて柔らかい布に吸収されていく。きっと、疲れて涙腺が脆くなってしまっていたに違いない。
ああ、それにしても、このソファーはなんだってこんなに固いんだろう。色もダサいし、オマケに穴まであいてるし。固くて痛くて、疲れた体には酷く応えてしまう……それこそ涙が止まらなくなる程に。
瞬きをすると、また涙かポロポロ溢れた。慌てて瞼をギュッと閉じる。

……いや、やめよう。
そんな、くだらない言い訳に使うのはやめにしよう。新しいソファーに買い換えよう。次は柔らかくてついつい眠くなるほど寛げるのがいい。色はこの際なんでもいいけど、3人座りの大きなソファーにしたい。3人座りのスペースに、4人でくっついて座るのもいいし、サスケが嫌がりそうならまぁ、4人座りでもいっか。
小さく『ありがとう、サスケ。ありがとう、サクラちゃん』って呟くと、柔らかい空気が漂ってきた。それだけで凝り固まった心が解けていくような気持ちになって、うとうとし始める。夢に入る直前に、遠くで窓が開く音がした。サクラちゃんのとても小さな『先生、』という声の後、シーっという声と共に誰かが側に近づいてきたけど、俺はもう半分夢のなかに沈んでいて、眼を開けることは出来なかった。だけど、温かい大きな手が俺の頭を労わるように優しく撫でてくれたから、俺は幸せな気持ちに満たされて、またタオルケットを湿らせて、小さく笑ったのだった。







(皆が堪らなく大好きで愛しくて大切で幸せで。だから涙が出たんだよと、照れ臭くたっていいから、誤魔化したりせずに伝えたい)







ナルトのことが大好きで大事なサスケとサクラと、同じようにサスケとサクラのことが大好きなナルト。同じく3人が大好きで、然り気無く見守ってるカカシ先生。そんな未来の7班。



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