雲なら全部、腹のなか
(燐しえ)



双子の弟は何でも要領よくこなす出来の良い子供で、大人にとって手の掛からない、育てやすい子供だった。人当たりが良く、飛び抜けた賢さを兼ね備えていて、それを自覚し、必要に応じて巧く使い分ける世渡りの上手な人間だった。
双子の兄は所謂できが悪い子というやつで、問題を起こしては周りに世話を焼かせて煙たがられた。うるさく騒ぐ割には妙なところで淡々として大人びていた為に、可愛いげのない子供だと思われることもよくあった。彼は本当はとても優しい人間だったのだが、やること為すこといつもから回ってばかりで、不器用な優しさに気付く者は殆ど居らず、あしらわれるならまだ良い方で、心無い言葉で罵倒されては歯を食いしばった。



「なんでこんなに違うんだろうな」

「何が?」

ポツリと呟いた燐の言葉を拾い、しえみは肥料の入った箱を床に置いた。燐はしえみが置いた箱を拾うと彼女を見下ろし、それから箱の中身を取り出して呟いた。

「んー…俺と、雪男」

「燐と雪ちゃん?」

「おう」

返事をしながら取り出した袋を鋏で開けていく。

「今更だけど、全然違うよなーって」

開けた袋の中身を嗅ぐ動作をした燐は、直後に体を硬直させた。
しえみは燐から袋を受け取り、笑う。そしてふわふわと肥料を振り掛けて、土を覆うように乗せていった。

「みんな違うのは、当たり前だと思うけどなぁ」

「いや、双子なのにってことだよ。雪男のヤツ、最近ファンクラブまでできたらしいぜ」

やわやわと混ぜ始めたしえみの隣に腰を下ろして、燐も一緒に土を耕す。

「ふぁんくらぶ?」

「そ。アイツ昔からモテるからなー」

「モテる?」

「老若男女問わず好かれるんだ」

「へぇ〜雪ちゃんすごいんだねぇ」

パチパチと瞬きを繰り返す大きな瞳を横目でチラリと見て、燐は困ったように笑った。

「だよな。何から何まで俺と正反対だし」

『はぁ』と、盛大に溜め息をついた様子に、今度はしえみが困った笑みを見せた。

「燐、雪ちゃんを羨ましいと思うの?」

「まぁなー。無い物ねだりだよ」

「え?ないことないと思うけどなぁ…あ、ミミズさんだ」

蚯蚓を見つけたしえみは指先でちょんっとつつく。そして干からびないようにそっと薄く土を被せた。

「志摩が見たら卒倒しそーだな」

「志摩くんはミミズさんが好きじゃないの?」

「確かアイツって、虫全般ムリなはずだぜ」

「虫さんが?」

「そういや前に、『玄関にセミがいて家に入れません〜』っとかなんとか電話してきたことがあったなー」

思い出して、ぷっと吹き出す。そんな燐を見て、しえみもにこにこと笑った。そして視線を土に戻して、ポツリと呟く。

「虫さんを嫌いな人もいれば、好きな人もいるんだよ」

「ん?」

「私は好きだなぁ。虫さんも、ミミズさんも」

「そうかよ。」

「燐のことも‥」

「え、今なんて」

小さな小さな声で紡ぎ、顔を赤く染めげていく。耐えきれずに俯いたしえみを、燐は不思議そうに見詰めた。

「しえみ?」

「私は、燐のこと羨ましいって思うよ」

「?俺に羨ましがられるとこなんてねぇって」

「そんなことないよ」

「…俺なんかになっても、良いことねぇぞ」

燐は自分の尻尾を掴み、それを見ながら再び溜め息を吐き出した。

「燐‥」

「はぁ。雪男に生まれたかったなー‥」

そう言った瞬間、しえみの動きがピタリと止まった。ハッとして顔を上げる。作業が全て終わった為だろうかと様子を伺ったが、彼女の肩が僅かに揺れていたので違うと気付いた。

「しえみ?」

「どうして」

「へ?」

「…」

「な、なんだよ??」

返事が返ってこないことに困惑しながら、燐は動かないしえみに呼び掛けて首を傾けた。彼女は振り返り、顔を上げて燐をじっと見詰める。

「雪ちゃんは雪ちゃん!燐は、燐だよっ!!」

「う、うん…」

しえみにしては力強い声に、燐は驚いてたじろぎながら返事を返した。

「…」

彼女はというと、先ほどの威勢を失い意気消沈している。そのまま暫く落ち着かない様子だったが、やがて何か決心したように掌に力を込めて燐へと近付いた。

「しえみ?どうし‥っ、!」

言いかけた燐の唇に唇が押し当てられて、振動と共に『ゴチリ』と嫌な音が響いた。勢いよくぶつかった為に歯と歯が当たり、痛みが走り抜けて行く。直ぐに離れたしえみを見ながら、燐は恐らく切れてしまったであろう口元を押さえた。彼女は茹で蛸のように真っ赤な顔で、今にも泣きそうにしている。

「…ごめんね」

蚊の鳴いたような小さな声で呟き、恥ずかしそうにしながらしゃがみ込んだ彼女に合わせて燐もしゃがみ込む。

「今の‥」

「り…、燐っ!」

「はいっ」

「私‥はっ、燐じゃないとっ!」

「へ?」

「り‥、燐じゃないと!ききっ、キスしたいって思わないよっ!!」

「なっ!?」

驚いて目を見開く燐を、しえみが見上げる。彼女の顔は今にも湯気が上がりそうなほど真っ赤だった。それを見た燐の顔も一気に赤く染まってゆく。しえみは悲しそうにクシャリと顔を歪めた。拍子に涙が溢れ落ちる。

「っ、」

堪らずしえみの手を引き、抱き寄せた。

「悪ィ、そんな顔させたかった訳じゃねぇんだ」

震える体を強く抱いて、燐は息を吐き出した。しえみは燐の肩に頬を埋めて、ふるふると顔を横に振るとそっと燐の背中へと腕を回した。

「ううん、私も…大きな声だしてごめんなさい」

「いや、ありがと」

「…え?」

「お前がいたら俺は、俺でいいんだって思える」

「燐‥」

「ま。雪男だったらしえみとキスできないみたいだし?」

「っ、燐!」

ニカッと笑って言うと、しえみは呆れたように頬を膨らませた。しえみの風船のように膨れた顔を見て燐は思わず吹き出す。

「ホント、ありがとな」

小さく呟き、頬を緩めた。
些細なことを一緒に笑ってくれる人がいて、些細なことで笑える今を幸せだと感じている。悪くないな、と思った。
同じ場所に二人は立てない。違う誰かの場所に立てば、目線も風景もなにもかも変わってしまう。その時に些細なことで笑える自分と誰かがいるかはわからない。自分あってこそのこの景色なのだと思うと、ああなんだ、自分は今のままでも十分幸せだったのだと気付いた。

「もしかしたら‥雪ちゃんも燐のこと羨ましいって思ってるかもしれないね」

「は?雪男が??ナイナイ」

「わからないよ!私は、雪ちゃんには雪ちゃんの、燐には燐の良さがあって、二人とも羨ましいと思うなぁ!」

「‥そ、そっか」

「お前にも…」

「え?」

「お前の良さがあって、俺も羨ましい」

「!」

燐の照れた顔を見て、しえみはお日様のような笑顔を溢したのだった。







‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐



未亜様よりリクエスト頂いた『しえみ受け、柔蝮、サスサク、旧7班のどれか、青エクなら砂糖吐きそうなくらい甘い話、サスサクなら花火するお話、旧7班なら遠足に行くお話』から、しえみ受けで燐しえ。
大変お待たせして申し訳ありませんm(´∇`;)mそして砂吐きそうなくらい甘い話になってなかったらスミマセン…(;А;)
他のサスサクで花火とかも想像しただけでニヤニヤしました。いつか書かせていただきたいです…!もんもん

未亜様へ捧げさせて頂きます!素敵なリクエストに心より感謝致しますm(__)m

4万hitありがとうございました!







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