(三成とくのいちと左近)
色々捏造。





夜も随分と更けた頃。

くのいちは大広間で延びきった男達を見下ろしながら、やれやれと溜め息を吐き出した。

床に転がって眠っている己が主の真田幸村や、その友人である直江兼続、雑賀孫一たちを引き摺りどうにか川の字に並べる。かなりの力作業だった。ちらりと縁側から見える庭をに視線を移すと、暗闇にポツポツと浮かぶ灯籠の灯りが目に入った。佐和山城での宴会が始まった時、辺りはまだまだ明るかったことを思い起こす。滲んだ汗を拭いながらくのいちは、もう一度溜め息を吐いて縁側へと出た。

肌を撫でる空気が冷たくて心地よい。その心地よさに身を委ねていると、急に『おやおや』というわざとらしい声が側から聞こえてきて、くのいちの心臓は大きく跳ねた。
見れば、島左近が戸に背中を預ける形でどっかりと腰を下ろしている。こんなに近くにいながらも全く気付かなかった自分を忌々しく思い、くのいちは眉間に皺を寄せた。僅かだが、距離を取ることも忘れない。あからさまな態度だったが、そんなくのいちの様子に気を悪くする風でもなく、左近は寧ろ『そんな格好でいたら風邪を引きますよ』と言って気遣う素振りさえ見せた。

昔、島左近はくのいちと同じく武田信玄に仕えていた。そして今は、佐和山城主である石田三成の側近を務めている。石田三成はくのいちの主君である真田幸村の友人だ。そんなわけで何かと顔を合わせる機会は多い二人だったが、あまり言葉を交わしたことはなかった。
左近という男は、自分のような卑しい身分の者に敬語を使うこともあるかと思えば、身分の高い人間に説教をしたり酷く砕けた話し方をしたりする。滅茶苦茶なように見えて実はそうではなかったりする。三成にとっては気のおけない人物らしいが、くのいちは彼に対して常日頃から警戒を怠らずにいた。腹の内が知れない。探った所で絶対に襤褸は出ないだろうという確信をこちらに懐かせる何かが左近にはあった。三成には失礼な話だが、実際のところ確かに三成に左近は過ぎ足るものであった。それほどの人間であることは知っていたが、皆が知ってるその程度のことしかわからなかった。島左近というのは、底が知れない沼のような存在だ。そんな人間がどういうわけか、知識や理論ばかりが先走り、周りにやれ頭でっかちだやれ頑固者だと言われる不器用な男に仕えていた。どういう経緯で三成に召し抱えられるようになったか、くのいちはうわさ程度にしか知らない。どういう経緯にしろ、主も主なら部下も部下で妙ちきりんな人達だと、くのいちは思った。


「幸村たちは、明日まで起きそうにない」

左近は独り言のように呟いて、手元にある杯を煽った。そして不思議そうに見詰めているくのいちを見上げて口角を上げる。

「一杯やりませんか、と言いたいところだが、そろそろ殿が寂しがってる頃でしょう」

そう言って視線を落として、徳利から杯へ流れる透明な液体へと意識を寄せた。
主が寂しがっているというくせに動こうとしない。
くのいちは左近に対し、妙なものでも見るような視線を投げながら顔をしかめる。左近は愉しそうだ。

「…三成さんは?」

部屋に転がっていなかったことを思い出し、尋ねてみる。すると左近は『おや、』と驚いたようなすっとんきょうな声を上げた。

「聞いてないんですかい?」

「何が?」

「殿の容態ですよ」

「容態…?」

反芻して、くのいちは首を傾げる。ぱちぱちと瞬きを繰り返すくのいちを、左近は黙ったままじっと見ていた。その視線に居心地の悪さを感じて身を捩る。

「何処か…悪いの?」

口に出してみた途端ざわりと胸が騒ぎ出した。くのいちは急に、奈落の底へと突き落とされたような気分になった。左近がゆったりした動作で酒を煽る。その動作をぼんやりと見つめた。不意に、視線がかち合う。しかし彼は笑わない。
くのいちは駆けるようにその場を離れた。後片付けをしている侍女達に聞けば、三成はずいぶん前に具合を悪くしてしまった為、自室へと戻ったらしい。
ずっと幸村の側に付いていて全く気付かなかった。その事を悔いながらくのいちは三成の部屋へと脚を速めた。



勢いよく襖を開けたくのいちの目に飛び込んできたのは、書類が山のように積み上がった机に突っ伏す三成の姿だった。
駆け寄って肩に手を掛ける。くのいちは三成の体の熱さに驚き硬直した。酷い熱だ。胸が痛み、思わず顔を歪ませる。労りながら背中を撫でてやると三成が小さく唸ったのが聞こえて、くのいちはらしくもなく狼狽えてしまった。

「三成さん」

呼ぶと、

「…熱い」

苦しそうなくぐもった声がそう言った。取り敢えず布団に入れてやろう思い、三成の腕を自分の肩に誘導させて回した。持ち上げようとして、くのいちは目を見張る。側に見える三成の顔は真っ赤だ。しかしそれ以上に驚いたのは…

「三成さんお酒臭っ!」

自重できずつい叫んでしまった。

「…くのいち、か?」

三成が瞼を上げた。虚ろな瞳は妙に潤んでいて、うっかり鼓動が跳ね上がる。くのいちが慌てて体を離そうとした瞬間、のし掛かってきた重みに重心を見失い、体勢を崩した。背中に衝撃を感じて強く目を閉じる。恐る恐る開けてみると、端正な顔が、くのいちを見下ろしていた。

「み、三成さん…」

三成に組み敷かれる自分の体を床ににじらせるようにして脱出を試みるが、三成に阻止されて叶わない。

「えっと、ど…どうしちゃったんですかね?」

取り敢えず聞いてみるが、三成の眼は虚ろなままで無反応だった。聞こえているのかさえわからない。はてさて、どうしたものか…と思案していると、不意に三成がくのいちの首へと唇を寄せた。ゾクリと背中に言い知れぬものが走り退けよう試みるが敵わない。三成は男だ。華奢ではあるが、女のくのいちとではやはり力の差が歴然としている。
くのいちは両手は床に縫い付けるようにされてしまい、更に動けなくなってしまった。その間にも、三成の唇は無遠慮にくのいちの体を探って行く。まどろっこしい愛撫に一々反応してしまう自分の体が憎いと思った。他でもないこの男だから感じてしまうことが恥ずかしかった。

「三成さん」

くのいちは抵抗をやめて三成を見た。応えるように、三成が鈍い動作で顔を上げる。その視線と視線とを合わせてもう一度『三成さん』と呼ぶと、三成は微かに首を傾けた。潤んだ目が『どうした』と尋ねている。くのいちはこの顔に弱い。ぐっと強く結んだ口をどうにか開いて、『退いてください』と言い放った。

「お酒臭い三成さんなんか、嫌い」

唇を尖らせれば、まじまじと見詰められた後、薄く笑われた。

「嫌いになりたい‥の間違いではないのか?」

「はぁ?」

「お前は俺のことが好きなのだ。嫌うことなどできはしない。俺がお前にそうなのと同じように」

「なっ、」

「お前は俺のものなのだよ、くのいち」

形のよい唇に唇を塞がれる。そこから酔いを移されたかのように、身体から力が抜けていく。
くのいちは、自分が張っていた虚勢が一気に崩れ落ちる音を、遠くで聞いた気がした。


***



まだ辺りの暗い内に目を覚ましたくのいちは、そろりと床を抜け出した。
夢の中にいる三成は相変わらずくのいちを離そうとしなかったが、流石に眠っている人間相手だったので今度は脱出に成功できた。散らばった衣服を集めながら、身体中に付けられた赤いそれをどうしようか、初な主君の目に触れない為にどう隠そうか、と思案する。考えながら縁側に腰かけていると『おや』という声がすぐ後ろから聞こえて、くのいちは小さく悲鳴を上げてしまった。
そこには少し寝惚け眼をした左近が立っていた。おそらく厠にでも行った帰りなのだろう。気の抜けた顔をしていた左近は、くのいちが視線を交えるなりニッと笑った。

「どうでした?殿の容態は」

涼しい顔で尋ねた左近に、くのいちは思いっきり顔をしかめて見せた。

「盛ったの、左近さんでしょ」

「さて。なんのことですかね」

わざとらしく惚けた左近を見て、くのいちは確信した。

「やっぱり。三成さんのお酒に薬盛ったの左近さんだったんだ」

「俺がそんなことするように見えますかね?」

「‥不粋」

唇を尖らせて言えば、左近は堪えていたものを遂に吹き出して、ケラケラと声を上げて笑いだした。

「で、どうでした?知らぬ間に部下から媚薬まで煽らされてしまった、酒の力だけでは本懐も遂げられぬ、俺の哀れな主君は。」

可愛いものでしょう?と言って愉しそうに笑う左近を、くのいちは頬を膨らまして睨み付ける。

「改めて、主も主なら部下も部下だと思いましたよ」

「おや、俺もですかい?」

「どちらかといえば、部下の方が問題」

じっとりとした視線を送ると、左近は笑いながらも避けるように視線を薄暗い庭へと移した。

「巷では、主君思いの良い部下だということで有名なんですがね」

「なにそれ、初耳」

刺々しく言い放つくのいちをチラリと見て、左近は苦笑いした。

「それは貴女が俺のこと知らなさすぎるからですよ」

「だって知りようがないし」

「じゃあ聞いてみてくださいよ。直接、俺にね」

くのいちは目を見開きながら、左近を見詰めた。直ぐに視線を落とす。

「あたしみたいな忍の者が…」

「忍だから、なんです?」

「え‥?」

「対等にありましょうよ。主君もそれを望んでいる」


左近は普段の飄々とした調子で言いながら、くのいちの頤を持ち上げた。

「…自分に悪寒がしそう」

くのいちが不快感を露にすると、左近は『まぁそう言わず』と言って愉快そうに喉を鳴らした。

「知ってくださいよ。少なくとも俺は、信玄公のもとにいた頃から貴女のことは誰よりもよく知っていますよ」

酷く驚いた表情で見上げたくのいちに、左近は屈託のない笑みを見せながら自分の上衣をかけた。
三成に付けられた痕がずくずくと疼く。
隠された赤を指でなぞりながら、くのいちはこの主従はやはり変人なのだと思った。





(溶けては馴染む黒い雨)



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酔っぱらい三成とくのいちの妄想の産物。色々とすみませんm(__)m
みうっちゃ様の左近とくのいちという言葉に何かがドンピシャーン!!と降ってきました。左近とくのいちってもしかしたら私、ドストライクかもしれません。左近に対しては感情剥き出しになるくのいちとか、ないですか(*´ε`*)涎
左くの…たまらん!!
萌えますヽ(*´▽`*)ノうへへ




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