ナル→←サク‥→サス
(未来※不倫ネタ)




彼女の涙は雪のようだ。
彼女自身も雪のようだ。
触れたら直ぐに変化して、流れて離れていってしまう。こんなに悴んで寒いと思うのに、温めて欲しいと願うのに、その気も知らず、僅かな熱でも溶けてしまうのだ。



「サクラちゃん、元気だせって」



温かいミルクにチョコレートを落としてぐるりと混ぜる。混ざりきらないままカップに注いで彼女に差し出すと、目元に当てていたハンカチを離して代わりにカップを受け取ってくれた。泣き腫らした眼を伏せて、鼻声で小さく『ありがとう』と呟いたのが聞こえる。俺は彼女に聞こえないようにホッと息を吐き出した。

「サクラちゃん」

「ん」

「寒くないか?」

「だいじょうぶ‥」

「そ。ならいいんだけど」

ニッコリ笑って見せれば、彼女はカップから口を離して俺を見た。

「ナルトは優しいね」

「サクラちゃんにだけだ」

「なにそれ、タラシっぽい」

「でも事実だし」

「ねぇ、ナルト」

「ん?」

「優しくしないで」

嫌なら言わなければいいのに、自分で言って彼女は自滅した。腫れた眼からまた涙が溢れて、俺は『ああ、また腫れちゃうのになぁ』なんて暢気に思いながらそれを見ていた。どうせ手を伸ばしても触れないのは解っていたし、触れたとしても直ぐに逃げていってしまう。彼女から伸ばされるのを待つしかないのだ。

「サクラちゃん。それ、いつも言うよな」

「‥だって、」

「本気で思ってないのに、変だってばよ」

「…」

「優しくされるために、ここに来てんのに」

「それは、」

「自分の足で来てんのに」

「そう‥だね」

変ね、と呟いて、彼女はまた口をカップで塞いだ。そこに添えられた細い手首を見詰め、彼女に視線を戻して近付く。影ができると同時に顔を上げた彼女は、そのまま俺に唇を寄せた。それを合図に俺は重なる。口づけたままカップを取り上げて机に置くと、細い腕を掴み、縺れ合いながらソファーに沈んだ。

「ねぇナルト」

荒い呼吸の合間にも、彼女は頭の片隅にある平凡な暮らしを思い浮かべながら理性と闘い、抗おうとする。
思えば、ただ一人を熱烈に愛し続け、愛された瞬間に喪ったことが切っ掛けだったのだろうか。それからというもの、彼女は平凡な家庭に固執している。紙に誓い、神に誓い、形に拘り、それを永遠の愛だと思いたかったのだろう。例え自らを偽っていようとも。必死に幸せを掴もうとしていた。

「‥なに」

首筋から顔を上げて彼女を見れば、また静かに涙を流しているのが目に映った。

「神様は、見てるのかしら」

「俺達のこと?‥見てるかもね」

「なら、私…許してもらえないかなぁ」

「さぁ…どうだろうなぁ」

「ナルトも、許してもらえないのかしら?」

「サクラちゃんが許してもらえないなら、俺も無理なんじゃない?俺は神様じゃないからわかんねってばよ」

「そう…」

このわかりきった芝居に終止符を打ちたい。沸き上がる多幸感と罪悪感の中では何もかもが朧気で、神に誓った約束ですらどうでも良くなっていってしまう。

「サクラちゃん、」

「ん、なに」

(薬指のそれ、外したら?)

言いかけて、慌ててやめた。

「…なんでもない」

何処かへ拐ってと言ってくれさえすれば、いつだって拐ってやる。彼女がなって欲しいと言うなら、彼女の神様にだってなんにだってなるのに。
彼女が彼女を赦さない限り、彼女は赦されない。彼女が赦されない限り、俺は赦されない。彼女望まない限り、望みは叶えられない。

「ナルト…」

「ん、」

「わたし…」

言いかけて、彼女はいつも薬指の眩さに負けて口を噤む。そしてまた涙を流すのだ。

「いい‥また言えるときに言って」

「っ、うん‥」

痛む胸の傷は、いつになれば癒えるのだろうか。
彼女は自らをいばらの中へと投じ、その場所で己を戒め続けずにはいられない。


贖罪と偽りの淑女

(故人になにを祈ろうが応えはない。自らの解放を赦す為に、彼女が必要としているのは己の心の免罪のみ)
(そうと知りながらも、ただ彼女の望む幸せを望むしかできない俺は、なんと罪深く浅ましいのだろう)



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