サスサク
※チャラスケ注意




手探りで探して、探して、ヒヤリとした手を掴まえた。そう思った瞬間すり抜けていってしまう。また繰り返すと知りながらも続けて追いかける。追いかける足は既に感覚がない。だけど追いかけるのをやめてしまったら、後ろ姿すら見えなくなってしまう。だから私は限界をとっくに越えても、前だけ見て追いかけ続けた。



冷たい感触が額に当たり、私はゆっくりと眼を開けた。朧に霞む視界には、当前の如く彼の姿があった。

「…サスケくん」

小さく呼ぶと、蚊の鳴くような弱々しい声しか出ない。恥ずかしくて耳が熱くなる。否、もう既にずいぶん熱を持っている…

「サクラ、調子はどうだ」

ニッコリ微笑んでくれる彼の、少し薄い唇から紡がれる労りの言葉。

「…調子?」

聞き返すと彼は僅かに瞠目してから眉を下げて、私の頭をゆるりと撫でた。慈しむような手の感触が、柔らかくて気持ち良い。

「熱があるだろ」

「熱?」

「ああ。ほら、汗をかいてる。」

そう言いながら、彼は先ほど乗せてくれた額のタオルを頬に滑らせ、汗を拭ってくれた。

「ありがとう…ごめんね」

「ごめんは余計だな」

フッと笑う様子を見た時、私の胸はチクリと痛んだ。

「さっきお粥をつくったんだ。食べられるか?」

「え?うん…あ、洗いもの溜まってたんじゃあ…?」

「それならさっきやっておいた。家のことは俺に任せて、サクラは体を治すことに専念してくれ」

にこりと笑いながら、心から気遣うように告げてくる。そんな彼をぼんやり見詰めながら、私は機械的にコクりと顔を動かした。

「いま持ってくるから、少し待ってろ」

ふわり、
彼はもう一度優しく私の頭を撫でてから、名残惜しそうに立ち上がり、部屋を出ていった。その動作一つ一つを、私はまだボンヤリと見詰めていた。
私を大切にしてくれる、優しい人。笑顔も素敵で、私をこんなにも大切にしてくれる。何も嫌なことなんてないのに、どうして胸が痛むのだろう?チクリチクリと刺すように痛む胸を抑え、私は起き上がった。



暫くしてお盆を持った彼が現れた。

「熱いから気を付けてくれ」

「うん、ありがとう」

伸ばした私の手を征すように、優しく自分の手で包んでくれた。

「俺が食べさせてやる」

「え?」

「ほら、口を開けろ」

スプーンに掬った少量のお粥にふぅと息を吹き掛け冷ましている。私はそれを見ながら、痛む自分の胸元に手をあてた。痛くて痛くて、遂に涙が溢れてくる。

「サクラ?どうした?」

困惑して、心配そうに私を見てくる彼を、私は上からしたまでまじまじと見た。
開いた胸元に光る、団扇形のネックレス。スプーンを握る手には、シルバーの指輪がはめられている。同じシルバーのブレスを腕にもつけていた。
顔を寄せて見つめる私に、何を思ったのかサスケくんは急にフッと笑い、口角を上げた。

「サクラ、キスして欲しいのか?」

返事をする間もなく、彼は私の唇へ自身のそれを重ねた。
大好きなサスケくんのキスは、柔らかくて、優しくて、甘くて‥

「!!」

私は目の前の胸板を思いっきり突き飛ばした。

「っ、」

尻餅をついた彼を、私は泣きながら見る。
体は怠いが、私は迅速な動作で彼から更に身を離した。

「あんた、誰なの」

涙を落としながら睨み付ける。
彼は驚いた顔をしてから、また柔らかく微笑んだ。

「急になに言い出すんだ」

「あんた、誰なのよ」

「冗談キツイな。うちはサスケだろ」

「…違うわよ」

「はぁ?」

「サスケくんは、そんなんじゃないもの」

「どうしたんだよサクラ…そんなんじゃないってどういうことだ?」

「サスケくんは私に…キスなんてしないわ」

「好きなんだから、それくらいする」

「しないわよ!だって、サスケくんは‥」

(サスケくんは‥なに?)

瞳から大粒の雫がおちていく。
全て落としてしまいたくて、ギュッと強く強く目をつぶった。それから私は再び目を開けて、彼を睨み付けた。

「…っ私のこと、好きじゃないもの!!」

叫ぶように言えば、サスケくんの形をしたそれはグニャリと大きく歪む。そして、割れた鏡のように粉々に砕け散った。

『馬鹿だな、お前。このままなら幸せでいられるのに』

落ちた無数の破片に、偽物のサスケくんが映っている。

『愛するサスケとずっと一緒に居られるのに。望まないのか?お前の望みだったんだろう?』

悲しそうな顔をして、労るように私へ告げた。

「…確かにそれは、私の夢だわ」

『ならば望めばいい。夢をみていればいい。その方がお前は幸せだ』

「…昔の私なら、そうしていたかもしれない。」

私は俯き、唇を噛み締める。

「けれど今は、夢を見るのは止めたの」

『何故?』

「夢は見てるだけじゃダメ。叶える努力をしないと」

パキリ。
破片を踏む音に顔を上げる。
そこには静かに私を見詰めるサスケくんがいた。
目の奥に闇が見えて背中にゾクリと悪寒が走った。冷たいサスケくん。これが本物。

「強くなったな」

彼の少し薄い唇から紡がれる言葉はそれだけだったが、私はまた涙が溢れて止まらなかった。



****



ピピピ…と目覚まし時計の音がなり、目を開ける。いつもの天井が見えた。

「随分むかしの夢…」

呟いてから溜め息を溢して、五月蝿い目覚まし時計を止めた。
昨日の熱でまだ少しだけ怠い体を起こす。…と、額からポトリとタオルが落ちた。端には団扇のマークが刺繍されている。それを拾って、ベッドから降りた。
階段を降りて廊下のつきたありにあるドアを開け、リビングに入ると、ソファーの向こうにうしろ姿が見えた。艶やかな黒髪が揺れて、こちらを振り向く。切れ長の目と眼が合った。黒い瞳が少し大きく開かれる。サスケくんは驚いた顔をしてから、薄めの唇を開いた。

「サクラ。調子はどうだ」

私は微笑むと大好きなその姿に駆け足で近付き、背中から抱き付いた。



逃げ去れば、夢。



(追い付いた現実)



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