崖っぷちで鬼ごっこ
(勝→←出)
2万打記念感謝文





ガコン。
自販機の缶が落下した音で、勝呂はハッと我にかえった。
慌ててかがみ込み、いましがた買った缶を取り出して立ち上がる。表面はひんやりと冷えていて気持ちがよい。この茹だるような暑さだ。小まめに水分を補給しないと、熱中症になりかねない。今だって蜃気楼を見つめていたらついついそのままボーッとしてしまっていた。先日の疲れが残っているのかもしれない。もう少ししたら東京に戻らないといけないのだ。また寝込むわけにはいかない。

危ない危ないと首を振って、勝呂は缶のプルタブに指を掛けた。プシュッという激しい音と共に空いたそれに口をつけて、渇いた喉に流し込む。と、同時に盛大に噴き出した。

「なっ、なんやこれ!」

缶を痛めそうな程キツイ炭酸だ。
こんなものを買った覚えはない。
目を凝らしながらまじまじと缶を見詰めていると、誰かがクスッと笑う音がした。自販機の横から黒い艶やかな髪の少女が顔を出す。

「あんたってホント、馬鹿ね。」

思いがけない登場に、勝呂は目を丸くした。愉しそうに笑う彼女は勝呂と同じ正十字学園と祓魔塾の生徒で、神木出雲という名前だ。先日、不浄王と闘った時、彼女はこれまた祓魔塾の生徒である杜山しえみと共に勝呂の父を介抱してくれた。あの時、自分はずっと父の側にいることは出来なかったので、本当に助かったと二人には心から感謝している。とくに、神木出雲とは犬猿の中だと思い込んでいたので、勝呂はあれから胸のうちでは見直しつつあった…のだが。

「ボタン勝手に押したんはお前か、神木」

顔をしかめてみると、彼女はフン、と顔を反らした。

「いつまで経っても押さないから、気を利かせて代わりに押してあげたんじゃない。」

「やからってお前‥俺は炭酸苦手なんやぞ。こないなもん飲めるか!」

「知らないわよ。そんなの」

しれっと言い流して、出雲は勝呂を押し退けるように自販機の前に立った。何か言いたげにしている勝呂を無視して、ポケットから取り出した小銭を投入する。そのまま目的だったお茶を選ぼうとしたその瞬間、押してもいないのに自販機がピピピピと鳴り出し、ガコン。と商品が落る音がした。しまったと思った時には既に遅い。横を見れば、勝呂がニヤリと笑いながら珈琲を押していた。

「な、何すんのよ!」

「何て、仕返しや」

「〜っ」

「因果応報。御愁傷様」

「あんた!あたしが珈琲飲めないこと知ってて」

「おん。お前かて俺が炭酸無理や知っとってやったんやろ。」

先程の優越感は何処へやら。どや顔の勝呂を睨み付けながら、出雲はクッと悔しそうに歯を食い縛った。

「最低。ゴリラ」

「うるさいわマロ眉。お前が先やったやろが」

「馬鹿面でボサッとしてる方が悪いのよ。先日の悪魔倒してる時とはまるで別人ね」

「ほっといてくれや。それに悪魔倒したんは俺ちゃうわ。お前が好いとる男やろ」

「…はあ!?」

眉間にしわを寄せながら拗ねたように言う勝呂を数回瞬きして見てから、出雲はすっとんきょうな声をあげた。

「誰が誰を好きですって!?」

「お前が、奥村の兄の方を。」

「あんた何言ってるのよ!」

勝呂に負けないくらいのしわを眉間に刻んだ出雲がそう叫んだ時、ポトリと彼女の顎から汗が落ちてコンクリートの地面にシミを作った。二人揃ってそれを見る。自然に無言になった。そう、ここは炎天下のコンクリートの上。実は二人とも暑さの限界に達していた。二人は無言のまま近くの木陰へと移動して、簡易なベンチに脱力しながら腰を下ろした。

「暑い…喉渇いた…」

唸るように呟いた勝呂の言葉に出雲も心のうちで共感する。
散歩がてら飲み物を買いに来ただけなので、生憎二人とも財布は持ってきていない。百円玉1枚と十円玉二枚。それしかポケットに入れてこなかったのが仇になった。
仕方ない、戻るか。と出雲は考える。しかしこの炎天下の中に飛び込むのは勇気がいる。蝉の鳴き声が頭に響く。

「なあ」

手を団扇かわりにパタパタとさせていると、勝呂が隣から話し掛けた。なによ、と出雲が視線だけで返すと、彼はじっと出雲の手元を見ていた。

「交換せぇへんか」

「…?」

訳がわからず訝しげに見ていると、勝呂が視線を出雲の顔に移した。

「それとこれ、交換せぇへんか?」

「それとこれって…炭酸と珈琲?」

「おん。アカンか」

『何言ってるのよ!嫌に決まってるじゃない!!』と普段の出雲なら言っていた。勿論今だって言おうと思った。だが、勝呂の手元をみた瞬間、彼女の言葉は喉から先には出なくなってしまった。勝呂の持っている炭酸の缶が目に入ったからだ。表面に沢山の結露がついている。よく冷えている証拠だ。そもそもあの時、出雲が押したのは自分が好きなジュースだった。つまり勝呂が要らないといっている炭酸は出雲が欲しかった飲み物だ。そして自分の持っているよく冷えた缶珈琲は、彼が欲しかった飲み物だった。利害は一致している。
悶々と悩む出雲を見て、勝呂は小さく息をついた。ポトリ、と汗が落ちていく。

「奥村の飲んだやつとちゃうから、嫌か」

呟くように溢されたその一言が、決定打となった。暑さで既にイライラはピークに達している。出雲はカッと双眼を大きく開き、立ち上がると珈琲を勝呂に投げつけた。代わりに唖然としている彼の手から炭酸を引きちぎるように奪い取る。空いている方の手を腰に当て仁王立ちすると、枯渇した体へ迷わず一気に流し込んだ。その姿は宛ら漢(おとこ)のようだったという。勝呂は心の中でそれを漢飲みと命名したらしい。

冷たい液体を全て納め切った出雲は、その場から数メートル離れたゴミ箱へ空の缶を投げた。ブンッという音の後、缶は弧を描きながら見事にゴミ箱へと入っていく。漢投げ(勝呂命名)した出雲は勢いよく振りかえると、勝呂をキッと睨み付けた。

「あたしが好きなのは奥村燐じゃないわよ!馬鹿!!」

そう言い放ち、出雲は『馬鹿ゴリラ!』と悪態をつきながら炎天下の中へと飛び込んでいった。
勝呂は珈琲の缶を片手に、相変わらず唖然としたままその後ろ姿を見送る。そして何故かホッとしている自分に気付いた。
だが、出雲の言葉を聞いてホッとした勝呂にも、勝呂に誤解されるのは嫌だと思った出雲にも、結局それが何故なのかまではわからず仕舞い。勝呂は一時の気の迷い、出雲は真夏の暑さで頭がやられたのだという結論で、自分をどうにか納得させたのだった。







(気が付いたらおちていた。)



Fin..


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※細かい設定は公式ではありませんので悪しからず。
2万打ありがとうございました!




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