(サスサク)



陽も暮れて帰宅する時間になると、駅のホームや道路は我先にと急ぐ人が押し寄せる場所になる。疲れた表情をしながら揉みくちゃになるのがイヤだった俺は、就職と同時にアパートを決めたときそこだけは絶対に妥協しないでいようと心に決めていた。そして頑張った自分へのご褒美という名目で、住む場所は会社や駅から眼と鼻の先の、値段は張るが快適なアパートにした。今はその判断が正しかったと心底思う。あの時の自分をとにかく褒めてやりたい。仕事が始まると、この距離がとても有り難いと直ぐに感じ始めた。朝だって、自分は寝坊などはしないがこれだけ近いと気分的にも余裕ができる。そして一番の功績は、幼なじみの春野サクラが、自分の職場から近いからと頻繁に寄っていくようになったことだ。


「わ、また冷蔵庫空っぽ!サスケくんちゃんとご飯食べてないでしょ!昨日なに食べたか言える?」
「水とトマトとおにぎり。味はおかか」
「予想以上ね。ナルトより重症だわ。今から作るから座ってまってて」
「悪いな」

買ってきた物を冷蔵庫に入れながら、サクラがキッチンから此方を覗いた。心配そうに言うお決まりの台詞を聞いて、内心満足しながら俺はTVのスイッチを入れる。ソファーに腰掛けていると、せかせかと動き回る足音や袋をあける音、まな板をリズミカルに叩く包丁の音や、湯が煮える音が聴こえてきた。俺は、耳に心地よいそれらが堪らなく好きだ。チャンネルを適当に回してから音量を少し下げて、キッチンの方へと耳を傾けた。不意にサクラの鼻歌が聴こえ始めて頬が緩む。

「サスケくん」

ひょこっと覗いたサクラの不意討ちに、ドキリとして慌てて顔を引き締める。

「どうしたの。怖い顔して」
「いや、なんでもない」
「そう?」
「ああ。それより、なんだ?」

誤魔化すように尋ねれば、サクラは首を傾げたがすぐににっこり笑った。そうそうと言って頭を引っ込めた後、部屋に入ってきた。エプロンをつけた彼女は、何かを手に持っている。

「サスケくん、カレーとシチューならどっち食べたい?」

俺に見せてきた何かは、カレー粉とホワイトソースの缶だった。俺は少しだけ考えてから、チラリとTVに視線を移す。何かの番組で、家族らしき四人がシチューを作っているのが目に入った。

「…シチュー」
「了解。なら、クリームシチューかビーフシチュー、どっちが良い?」

サクラはもうひとつの缶を俺に見せる。成る程、用意周到だ。

「…クリームの方」
「オッケー。じゃあ待っててね〜」

サクラはにっこりと微笑むと、キッチンへと戻っていった。
TVに視線を戻すと、さっきの番組の続きがやっていた。四人の家族がシチューを食べている風景を見て、不意に昔の記憶が甦る。父と母、そして兄と食卓を囲んだ幸せな日々。会話をしながらの夕食。柄にもなく涙が出そうになって、奥歯を強く噛み締めた。



***



「はい!おかわり沢山あるからね」

並々とシチューの入った皿とサラダやライスを机に並べながらサクラがそう告げると、サスケは黙ったままジッとそれを眺めていた。そんなサスケをサクラは首を傾げて不思議そうに見る。

「サスケくん?」
「…お前は」
「ん?」
「お前の分は?」
「へ?私‥」

今度は自分を見上げてジッと見詰めたサスケの視線に、サクラはグッと胸を衝かれてなんだかどぎまぎしてしまう。

「一緒に食べていかないのか」

そう言ったサスケが何だか泣いているように見えて、サクラは思わず目を擦った。胸がざわつく。瞬きを繰り返し見間違いだと確信するが、やはり胸はざわざわと騒いでいる。普段のサクラなら、作ったらそのまま帰っていた。サスケがそれを引き留めることもなかったので無理に一緒に食べようとはしていなかったのだ。だが、彼が一緒していいというならサクラにとってはそんなに嬉しいことはない。

「いいの?」
「ああ」
「じゃあ…ご一緒させてもらおうかな」

自分の分も用意してサスケの向かい側に座ると、彼は僅かにだが笑った。見落としそうな小さな笑顔が見れて、嬉しくなる。

「じゃあ食べよっか!」
「ああ」
「いただきまーす」
「‥頂きます」

ニコニコと笑いながらパクつくサクラを、サスケは動かしていた手を止めて見詰めた。こんな風に彼女を眺めながら頂く夕食は、何故か特別に美味しく感じる。サクラの腕が良いというのもあるが、もっと違う何かが関係しているのはサスケ自身、最近気づきはじめていた。

「サクラ」
「ん?」
「ありがとう」
「え?うん、どういたしまして。」

照れ臭そうに微笑むサクラを、見詰め続ける。

「でもサスケくん、急にどうしたの?なんだか真面目な顔してさ」
「…」

漸く気付いたことがある。
せかせかと動き回る足音や袋をあける音、まな板をリズミカルに叩く包丁の音や、湯が煮える音。
それらこんなにも耳に心地よいと感じるのは、他でもない彼女が発てている音だからだ。彼女が側にいるとわかる音だから、こんなにも堪らなく好きだと感じる。鼻唄が聴こえてきた時だって、それがサクラの鼻唄だから頬が緩むのだ。
そして思う。同じ家の同じ食卓で、同じ夕食を愛しい人の笑顔の前で食べることのなんと幸せなことか。そう、彼女といるとき、自分は幸せなのだ。とても。

「サスケくん?」
「サクラ。この先の人生、俺と共にする気はないか」
「…え?」
「俺と、結婚してくれ」

はっきりと告げたサスケの言葉は、相変わらず短くて少ないものだったが、サクラが頬を染めて泣き出すくらいの威力を持っていた。







―――
本当は料理得意なのに、サクラちゃんに来て欲しくて冷蔵庫を空っぽにするサスケの話。




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