(志摩兄弟→しえみ)
(柔造=しえみのクラスの担任)
(金造=高校3年)
(廉造=高校1年。しえみの同級生で同じクラス)
『志摩兄弟(廉造・金造・柔造)としえみちゃん』
けたたましく鳴る携帯のアラームを、顔を枕に埋めたまま止める。そのままもうひと寝入りしようと力を抜いたところで、誰かに布団を剥がされてしまった。
「金造、起きろ」
静かに落ちてくる一言。
柔兄の声だ。
「…さむい」
「はよ起きんと遅刻すんぞ」
「…おきる」
「ほしたら用意始めえ」
「…はじめる」
まるでベッドが体に吸い付いてきているかのように離れられない。
「はよしろ。」
だけど、柔兄の声はそれをベリッと引き剥がしてしまう力を持っていた。
「…わかってる」
「口だけか」
「…わかった、起きる」
「ん、顔洗ってきぃ」
「洗う……」
「金造。」
呆れたように名前を呼ばれて、自分の手で目を無理やり開けた。呆れた顔の柔兄が見える。
「起きたか?」
「…起きた」
もう一度心地好い眠りに沈みそうになる体を、えいっと勢いよく起こして、その足で洗面所へ向かった。
廊下で後ろから走る音が近付いてくる。誰かが通り過ぎたと思ったら弟の廉造だった。
「ドタドタうるさい」
「あ!金兄や、おはよぉ」
「うるさいドスケベ」
「え〜なんでそない機嫌悪いん〜」
困ったように笑いながら、廉造は洗面所に駆け込んで行く。
(ドスケベに抜かされた…ドスケベに先越される…!ドスケベに…!!)
そこで完全に頭が覚醒した。
「お前っ金造様を抜かすとはどないつもりしてんねやコルァアアアッ!!!」
「ぞえぇえ!!何で急に!?…っギャーーーッ!!」
***
***
柔兄の車で校門前まで送って貰った俺と廉造は、柔兄に『ほんならまた後で』と告げて、車から降りた。俺と廉造はこの高校の生徒で、柔兄は教師をやっている。
俺の歳でなんで高校生かいうんは、まあ留年したからに他ならない。喧嘩するんが良くないらしいけど、向こうから来るんやからしゃーないと思う。前に、『正当防衛や』て言うたらオトンにどつかれた。そんなんして、オトンもいま学校行ってたら留年やん…血は争えんなて思た。
「金造さんだ!!」
「金造さんがいらしたぞ!」
「おいお前ら早く並べ!」
「もたもたするな!早く!」
「早くしろっ!!」
「っ金造さん!おはようございますぅううう!」
「‥ん、おはよぉ」
校門前に列を成す不良達。
どいつも従順でかわいい奴等ばかりだ。だが、この学校の生徒ではない。正直、何処から沸いたのかよくわからない。ていうか誰?
「なぁ金兄‥恥ずかしないん?」
いつの間にとったのであろうか距離を開けながら、廉造が小声で尋ねてきた。
「なにがや?」
「なにがって‥色々」
立ち止まり、廉造を見る。
「色々?」
「やっぱええわ‥」
「色々てなんや?言うてみ」
「いや、言うたらシバくやろ」
「シバかれるようなことなんか?」
げっそりした顔で俺を見る廉造に聞き返すも、『もうイヤ。僕が恥ずかしいわ』とか言いながら離れて行ってしもた。
「なんやねん?へんなヤツやな」
意味が分からへんくて首を傾げた瞬間、『あの…』という声が聞こえた。振りかえると、真っ先に見事な金髪が目に入る。
そこには見事な金髪に蒼い目の知らない女の子が立っていた。制服のネクタイの色からして、同じ学校の2つ下、廉造と同じ学年みたいや。
「あの、すみません…足が‥」
「あし?‥あ。」
足と言われて下を見る。
成る程、ピンク色のハンカチを踏んでしまってた。
「しもた…っ」
慌てて足を退けて拾うが時すでに遅し。靴底の柄がくっきりと残ってしまってる。
「ゴメンな…!」
気休めにしかならへんけど、必死で土を払った。
「ほんまゴメン!弁償する!」
「え?いえ…」
「今日の帰りに買ってくるさかい、よかったら何処で買うたか教えて。ていうか同じのでええ?」
「い、いいですっ」
彼女はとんでもないとでもいうように顔を横へブンブンと振った。
「私が落としたのがいけなかったですから…それに、洗うので大丈夫です」
「いや、アカンて!」
「いえ、大丈夫です!」
「アカン!!」
「大丈夫です!」
「アカン言うとるやろ!!」
「大丈夫だって言ってるじゃないですか!!」
ハッとした様子で、口を手で覆った彼女につられて自分も冷静さを取り戻す。
「ほしたら…せめて俺に洗濯ぐらいさせてや」
途方に暮れて言うが、彼女も困ったように眉尻を下げて、再び首を横に振った。
ていうか、洗濯するんオカンや…俺せえへんやん‥
いや、正確には洗濯機か?
自分にツッコんでいるうちに、ハンカチ少女は居なくなっていた。
***
「金兄…なにしてんの」
「あ。ドスケベ」
帰り道、ショーケースに張り付いてたら廉造に声をかけられた。
「ここ僕もよく来んねん〜」
「『僕も』て…、俺は初めてや。一緒にすんな」
顔をしかめると、廉造はヘラっと笑ってゴメンゴメンと軽く謝ってきた。
「金兄は初めてか…あんな、柔兄もここよく来んねんで〜」
「柔兄が‥?」
「おん。好きなん同じてやっぱ兄弟やなぁ〜」
「はぁ?」
訳がわからず首を傾げる。
「俺はピンクもヒラヒラも趣味ちゃうわ!」
言えば、廉造は『え!?そうなん!?』と心底驚いた様子で声を上げた。
「ほしたらなんで来たん?あ!誰かへのプレゼント?」
「はぁ?」
「そういやハンカチやらのギフトセット見てたなぁ…金兄、彼女おったっけ?っいだッ!」
ニヤニヤしている弟に腹が立って、デコピンをお見舞いしてやる。
「おらへんわ!」
「痛いやん〜何すんの」
「制裁くらわしただけやろ」
「暴力反対です〜…」
「余計な詮索してくんな!」
「はいはい、しませんて。柔兄と同じこと言わんでや」
「何の話や」
「まぁこっちの話ー。…ほしたら金兄、好きな子できたん?」
「はあ!?できてへんわ!プレゼントでもない!今日踏んでしもたハンカチへの御詫びや!」
「…詮索すんな言うてたくせに」
「は?」
「聞いてないとこまでよく喋る金兄はやっぱりアホの子なんやなイダぁっ!!」
愚弟へもう一度デコピンを食らわせて、店の戸を押した。
後ろで『金兄よろしく言うといてなぁ〜あと遅くならんようになぁ〜』とかよくわからんオカンみたいなこと言うとったけど無視する。
足を踏み入れた先は案外広くて綺麗やった。女やったなら食いつきそうな、可愛らしく飾られた店内を見渡して、しばらく茫然とする。
これから先、こんなことでもない限り一生お世話にならへんやろなぁ…と思いながら奥へ進んだ。
ショーケースと同じギフトはどこにあるかと探してる最中、不意に誰かに背中をつつかれた。
「すみません」
振り返るとそこには今日のハンカチ少女が立っていた。
「今日の‥」
いいかけて、彼女が制服ではないことに気付く。
学校帰りとちゃうんか?とかどうでも良いことを考えていると、
「やっぱり!今日の方ですよね」
少女は花が咲いたように笑いかけてきた。なんとなしに居心地の悪さを感じて、身を捩る。
「えっと…お探しものですか?」
「せやけど…。君も?」
「いえ。私は店番で。ここ、うちのお店なんです」
ニコニコと微笑む少女は、成る程、エプロンを着て店員の名札までつけている。そうなんや、とか、店を手伝って偉いなぁとか感心しつつ、尋ねられていたことを思い出しハッとした。
「せや!あんなぁ、店頭のショーケースのやつ…」
いいかけて、慌てて言葉を飲み込む。
彼女の店で、彼女にレジをしてもろて、彼女へのをものを買うなんて…果たしてアリなんか。
(んー‥どないしたらええねん)
俺にしては珍しく頭を使って考えた。しばらく考えてから、ハンカチ少女を見て怖ず怖ずと口を開く。
「‥あのさぁ」
「はい」
「この店ん中で…欲しいもんてある?」
「へ?」
「君に言うんおかしいかもしれんけど…」
「私に言ったらおかしいんですか?」
コテンと首を傾げた少女に、「ん…まぁ色々と、こっちの事情」とか廉造みたいな曖昧なことを言うて、うやむやにした。
「もし自分が貰うとしたらどれほしい?」
「え?私がですか?」
「おん。俺が君にあげると仮定して考えてみて」
「貴方から…うーん、そうだなあ…悩みますね〜」
うんうん唸りながら考え始めた少女を見て、なんとなく不思議な気分になる。
そういえば、なんで自分こんなことしてるんやろ?
御詫びなんてその辺で似たようなん買うて渡せばよかったん違うか…?今までやったらそうしてた。それかオカンに頼んでた。こういうんは疎い人間やて自分でもわかってるし…。
そうや。
ホンマに自分、なんでここにいるんや。
俺も悶々として唸っていると、少女がいきなりパッと顔を上げた。それに合わせて俺も顔を上げる。キラキラと輝く瞳の、とても嬉しそうな笑顔が目に飛びこんできて、ドキリ、と心臓が大きく跳ねた。
「私だったら、決められません」
「…え?」
「貴方があげようと思ってくれたなら、それだけで嬉しいです。」
「いや…気持ちだけってワケにはいかんやろ」
「うーん…そうだとしても、私は貴方がくれたらなんでも嬉しいから」
「へ?」
「だから、どちらにしても決められないですよ」
「!」
柔らかい笑顔から慌てて目を逸らす。顔が熱くなり、思わず胸を押さえた。生まれて初めてのよくわからない感覚に戸惑いながらも、なぜか口からは自然に『ありがとぉ』という言葉が出ていた。
「あんな…店頭のショーケースのピンクのやつ…買いたいんやけど‥」
自分でも驚くくらいガタガタの声で、ガタガタの言葉を必死に繋いで彼女へと送る。
今まで喧嘩したときだって震えたことないのに。今は、喧嘩も喧嘩以外でも、彼女には勝てる気がしなかった。
「贈り物ですか?」
太陽みたいな笑顔で尋ねられて、俺の心臓は最大限に暴れる。
「おん。‥君へ、あげたいんやけど」
溢すように落ちた俺の言葉を、彼女は拾って破顔した。
それを見た瞬間、ど阿呆な俺にでもこの気持ちがいったい何なんかわかってしまった。
当たり前やけど、店を出ると廉造の姿はなかった。けど今は心底それでよかったと思う。
陽は落ちかけていて、随分長いこと店内にいたことがわかった。
茜色に染まった空を見ながら、それと同じくらい真っ赤に染まった自分の顔を両手で覆い、俺はこれからこの店に通うことを誓ったのだった。
私のなかで何かが弾けた
(手強いライバルは身近に存在するようです)
fin..