(柔しえ)
『ホストパロ/柔造はナンバーワンホストでしえみは客/柔造を本気で好きになってしまうしえみだけど、彼はホストだから…』


柔しえ/1万打フリリク





私が初めて恋をした人は、偽りの恋を生業にする人でした。
手を伸ばせば誰でも触れられるのに、彼の心にはいつも見えない壁が張り巡らされていて、それは何をしても、どう頑張っても越えることができません。それでも彼に会いに行く人はみんな、彼の心が欲しくて欲しくて、無理を承知で偽りの愛を買いました。偽りに消えた紙きれでネオンは灯るのです。それすら知って尚ネオン街にまた足を運ぶ人たち。
もちろんそれは私も例外ではなく、彼とのどうしようもない壁に悩みながらも、会いに行くことをやめられません。そうやって、お金を夜に溶かしながら私は、自ら望んで都合のよい愚かな女に成り下がっていくのでした。



***



「待ってたで、しえみ。来てくれて嬉しいわ〜元気してた?」

「はい。柔造さんも元気でしたか?」

「おん。気にしてくれてたん?」

「もちろんです」

「ありがとぉ。なんや、最近笑ってくれるの増えたなァ。かいらし」

眩しそうに目を細められた彼の眩しい笑顔へ、同じように返す私の笑顔。その裏側。それは多分、この人と変わらない。心の中では全く笑っていない表面だけの笑顔。
私は本当に狡い女だ。狡くて醜くて、憐れな女。憐れな女はいつも悲しくて苦しくて仕方がないのに、愛しい男に笑って欲しくて無理やり笑う。



***


それが始まったのは、今から2ヶ月ほど前のことだった。

キャバクラで働く大学の同級生から勧められたホストクラブ。
ホストクラブというものが何なのかよくわからず、軽く説明を受けてからも疑問を抱えていたが、着いてきて欲しいと頼まれて断る事が出来なかった。
そして足を踏み入れたネオンの街。そこで出会った一人の男性。
不覚にも、私はその人を見た瞬間恋に落ちた。恋を知るため、確かめるために通い始めたのがいけなかったと後悔した時は既に手遅れだった。お金をグラスに注ぎ込めば、いくらでも相手をしてくれるホスト達。この年まで貯めてきたお金を費やして、大嫌いなお酒を何度も何度も無理やり飲み干した。勿論そんなのは不本意だし嫌だったけれど、ここに来たかったから、彼の気を引きたかったから、仕方がなかった。



彼は、柔造と名乗っていた。

『実はこの源氏名、俺の本名やねん。本名やってことは誰にも言うてへんから、皆には内緒にしててな?』

通い始めて一ヶ月ほど経ったある日、彼は私にそう言った。
けれど、それが本名だということも、私だけにしか言っていないということも、本当なのかはわからない。

(だって、そういう仕事だよね‥)

そう感じている自分に気付いた時、彼のことを嘘つきだと決めてしまっている自分を認めなければいけなかった。

彼はこのイケメン揃いの店のホスト達の中で頂点を極めていた。
穏やかな人柄や滲み出す色気に吸い寄せられるように、女性達は彼に集まってくる。
私もその内の一人で、名前の通り柔らかい印象の彼に会いたくて通い詰めた。忙しそうな彼だけど、客である私を見るといつも愛嬌のある笑顔で接してくれる。それが嬉しくて、また通いつめる。



***



「ボーッとしてどないしたん?」



耳に飛び込んだ声で、私はハッと正気を取り戻した。

「あ、ごめんなさい…」

謝れば彼はゆるゆると首を振って、『謝らんといてや。疲れとるんやろ?』と心配そうな表情を見せた。この心配は、本物だろうか。そんなことを考えていたら、彼は私を覗き込むように見てきた。


「こないだ怪我したとか言うとったけど、それも大丈夫なんか?」

「…えっ?」

「ほら、額のとこ…」

「あ、はい。もう殆ど治ってます」

自分でもすっかり忘れていて、慌てる私の額を彼が撫でる。

「そぉか。良かった。ずっと心配やってん」

「あ、ありがとうございます」

「ん。ほな、痕が残らんようにおまじない」

「…へ?」

彼は前髪をそっと掻き分けると、優しく唇を落とした。小さなリップ音が落ちてくる。私が驚くより早く、微かな熱は直ぐに離れていった。

「じっ、柔ぞっ‥さんっ!!」

「ん?」

「は、恥ずかしいです‥っ」

「ははっ、初やね。かいらしぃなぁ」

それだけで、先ほどの疑いや不安は消え去る。いつもこれの繰り返しだ。


「…狡いですっ」

唇をキュッと縛ると、柔造は困ったように笑った。

「俺からしたら、そんなかいらしいしえみの方がよっぽど狡いけどな」

「っ!」

「ホンマにかわいい。好きやで、しえみ」

(…、嘘なのにっ)

また彼を好きになる。
彼はどんどん私を勘違いへと、哀しみへと落としていく。本当に単純なことを繰り返していると、わかってはいるのだ。
それでも私は、私を落とす彼から離れたくない。落とされに、また彼に近付く。情けなくなった。


「私…帰ります」

「え?」

泣きたい。でも彼の前で泣くわけにはいかない。今までだって、泣くのは家でだけ。早くかえらなくちゃ。必死で我慢すると、顔がくしゃくしゃに歪んだ。


「しえみ、」

何か言いかけた彼を遮るように、私は立ち上がり、お金を払うと店を出た。


このきらびやかな街に、一体どれだけの悲しみが渦巻いているのだろう。叶わないとわかっていながら恋に落ちて、流した涙がどれだけあったのだろう。
そう思うと、私の悲しみなんてとてもちっぽけだ。いま流れている涙だって、今までこの街で流れたたくさんの涙のほんの一部でしかない。たくさんの涙だって、少しの涙だって、直ぐに蒸発して何処かへいってしまう。どうせならこの悲しみも、同じように何処かへいってくれたらいいのに。

振り向いてみた。当たり前だけど、誰も追ってきたりしない。


「さっき言ってた心配って、やっぱりお金を払っている間だけの心配なんだね…」

猜疑を覚えた私の心。目に見えて汚くなっていく気がして、それが更に悲しさを煽った。
それでもやはり、忘れたように彼のもとへ通うのだろう。まるで病気だ。私は私自身への理解すら出来なくなっていった。

彼が私に言ってくれた言葉は、私にとって大きなもの。
けど、私の言った言葉も私自身も彼にとっては沢山いる人の中のほんの小さなものに過ぎない。
ちくちくと痛む胸。
私は馬鹿だ。それも承知で来ているのに。そういう場所なのに。他の人だって彼を独り占めにしたいのは一緒。解ってる。みんな同じなんだって事も。彼から見たみんなが同じなんだって事も。



***


***


「しえみ?」

「えっ?!は、はい!」

「なぁ、最近ほんまどないしたん?顔色よぉないで」

「っ大丈夫です、元気ですから」

「ほんまか?ちょお来てみ」

柔造さんがちょいちょいと手招きする。何だろうと思っていると、顔が近づき、額同士が引っ付けられた。

「!!っ、」

「熱はあらへんなぁ…」

吐息が掛かる距離に反応して、私の心臓はどたばたと暴れだす。
近すぎる距離に眩暈がして。ああ、とっても素敵だなぁ。やっぱり私は彼しか愛せないんだと嫌でも再確認させられた。そしてまた泣きたくなる。
いけないと解っていても、顔が歪む。涙が出そうになり、目をギュッと強く閉じると、フッと笑われた気がした。柔らかい感触が一瞬唇に触れる。

(っ、今の‥!?)

驚いて眼を開けた時にはその感触は消えていて、私は何が起こったのかわからずパチパチと瞬きを繰り返した。



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