(廉しえ)
今日、隣のクラスに転入してきはった女の子は、遠目に見てもわかるくらい可愛らしいお人形さんみたいな子やった。「これはお近づきにならなあきませんなぁ」てニヤニヤしながら子猫さんに言うたら、隣で聞いてはった坊に「アホ言うてな。ただでさえ慣れてへん大変な時期に、男がたかってどないすんねん。無駄な心労増やしなや」て怒られてしもた。坊はホンマ言うこと成すこと男前やわ。僕が女の子に生まれてたら今ごろキャーキャー言うてるとこやけど、同性に生まれたで変なフラグ立たせんと今回も女の子にナァーナァー言い寄って頑張ることにします。いつも通りまずは名前聞いて、ほんでアドレス聞いてちょこちょこマメに連絡取り合って、距離を縮めてデートに誘う。小さい変化も見逃さんようにせなアカンなぁ。
考えてたら顔に出てたみたいで、子猫さんが「志摩さんほどほどにしぃや〜」やって。
「わかっとります〜。ほしたら行ってきますわ」
「お前なぁ‥」
「志摩さんわかってはりませんやんか…」
坊らに呆れた顔で見送られながら教室を出た。二人の呆れた目はもう慣れっこや。隣のクラスを覗いたら、既に人だかりが出来てる。転入生って転入したての頃はちょっとした有名人にならはるでなぁ。なんて考えながら教室に入った。群がってんの男ばっかり。これは彼女、女の子達に虐められてしまうんちゃうやろかなー‥なんて不穏な未来を予想しながら転入生の席を目指した。
「あ、志摩。やっぱり来ると思った」
「志摩が来ない訳がないよな」
周りにいた生徒に口々に言われて苦笑いを返す。
「はは、それどういう意味ですか」
みんな僕のこと何や思てはんのやろ?
適当にあしらいながら更に近づいた時、急に中心がこっち向いた。
(わっ!お人形さんや。)
窓から射し込む光に反射してキラキラしている綺麗な金髪。透き通るような大きい碧眼。形の良い小さな鼻に、程よい厚さの唇。色は薄桃色でつやつやしてる。うっすら染まった頬が女の子らしゅうて愛らしい。すらりと伸びた手足は長くて、スタイルが良い。何よりホックがはち切れそうな程に膨らんだ大きな大きなむn‥
…あれこれ考えてると、
「あ…!」
お人形さんが驚いた顔して、急に声を上げた。その声に僕の方も驚いてると、なんと彼女が小走りでこっちへくる。
「あの…こんにちは!」
鈴を転がしたような可愛らしい声で喋らはって、柄にもなく女の子を目の前にフリーズしてしもた。
「…えっ?僕ですか?」
「は、はい」
やっぱりお世辞抜きにものごっつ可愛い。ちゅうか、なんや?もしかしてこれって俗に言う運命の出会いってやつですか?
周りからの視線が痛いで「場所変えよか」言うてみたら彼女はコクンと頷いた。動作一つまで可愛らしい。何で話し掛けられたんかはわからんけど、とりあえず先手必勝。指くわえとる男共の視線が気持ち良いなぁなんて思いながら、僕内心ガッツポーズをキメて、教室出て非常階段口に移動した。
「…えっと、僕らどっかでおうたことありましたっけ?」
気になってた疑問をぶつけると、彼女は頷いてから『昨日』と言った。
昨日…何してたっけ?
記憶を辿り始めた僕に、彼女は『あのっ』と切り出した。
「昨日、貴方が人助けをしていたところを見ていて…」
「へ?…そうなんや。僕、人助けなんかしてた?」
「公園の前で女の子の落としたポーチを拾ってあげていませんでしたか?」
「…、あ」
思い出したのは思い出したけど、拾ったのはその子が可愛かったから。お知り合いになりたくて拾って渡したんやった。そうちゃうかったら面倒臭くて拾ってんかったと思う。そんなことを言えるはずもなく、僕は頬を掻いた。
「あの、良い人だなって‥」
「は?僕が良い人?」
「はい。困った人を助ける良い人です。勇気もあって凄いです」
「勇気‥良い人…」
(違うんやけどなぁ‥)
にこにこと微笑んでいるこの子に何て言えばいいんやろぉか。
「‥ポーチ落とした子、可愛かったんよ」
「はい」
「やから、拾ったねん。ガッカリした?」
「え?何にですか?」
首を傾けられて、言葉に詰まる。
「あの」
「…ん?」
「よ‥よかったらお友達になってくれませんか?」
「友達?」
「はい、私今までお友達できたことなくて…」
キラキラと輝きに満ちた目で見られて、居心地の悪さを感じた。
「つまり僕がなったら、君の友達一号ってこと?」
「は、はい」
頬を染める初な反応に思わず苦笑いが溢れた。
「僕、いい人ちゃいますよ」
「‥え?」
「君が思ってるようないい人と、全然ちゃいますわ」
このお人形さんは純粋無垢で騙され易いとみえる。自分とは正反対のタイプや。そんな子の友達第一号が自分なんて、なんだか嫌やな〜と思た。深い理由はなくて、ただの、いつもの気紛れやと思う。
「どんな人なんですか?」
「ん〜‥下心だらけのイヤな人間。やから友達はやめといた方がええ。」
「そう‥ですか」
「ごめんな」
「いえ、謝るのは私の方です。突然こんなこと言ってごめんなさい」
「いや」
何だかまた苦笑いが出て困ってしもた。
「アカンのは僕や。君にガッカリさせてしまうんが嫌やねん。最低やろ」
「ガッカリ‥?」
「おん。勝手に期待していい人像を作り上げて押し付けられるのも、ガッカリされるのも面倒やねん」
それやったら、始めから期待を潰しておこうと思う。繊細な子はこうやったらすぐ離れていく。 傷付きたくないんはみんな一緒。
「いいことしてる人が、いい人やとは限らんよ」
これでわかってくれたらいい。
余計な世話なんは承知でそう思った。
「人のこと疑うんも大事なんやで。ほしたらね」
唖然としている美少女に笑いかけて、その場を離れようとした。
「‥、待って下さい」
「‥?」
振り向けば、彼女はにっこりと笑ってる。
「やっぱり、あなたとお友達になりたいです!」
「はぁ!?」
情けない声が出てしもたけど、気にしている余裕なんかない。
「いま僕の話、ちゃんと聞いてた?」
「はい!貴方は思った通りとても良い人でした」
「なんでそうなんねん‥」
僕は後頭部を掻きながら、どう説明してわかってもらおうかと必死に頭を稼働させた。
「昨日のは、女の子と仲良くしたかったからああしただけやで」
「はい」
「ガッカリせんの?」
「しません」
僕は溜め息を吐き出して、視線をなんもない場所へ移した。
「あんな、下心の意味、もしかして知らん?」
「いえ、知っています」
「なら気をつけたほうがええよ。僕がどれだけイヤな奴かわかるやろ?」
「イヤな人じゃないことはわかりました」
「え‥嘘やん」
「嘘じゃないです。だって、身知らずの私に対して、自分を悪者にしてまで親切に注意してくれてたじゃないですか」
「えええ…」
「貴方はすごく良い人です!お友達になって下さいっ」
「あ………うん」
「よろしくお願いします!」
「よろ‥しく」
握手を求められ、手を拭ってから差し出す。拭っても悪いものは落ちないけれど、そうせずにはいられなかった。
「私、杜山しえみです。あなたは?」
「志摩…廉造です、廉直の廉に…」
言いかけて、慌てて口を閉じた。
(うわぁ、僕にミスマッチな名前やな…)
キラキラと目を輝かせている杜山しえみという少女を目の前にして、僕は今日、産まれて初めて自分の名前についてそんなことを思った。
その日、僕はこれまた生まれて初めて、美少女の皮を被った宇宙人みたいな人間を、友達にしてしまったのだった。
よろしく宇宙人。
(まずは普通に会話をしてみませんか)