(ネイしえ)
夫婦設定



ごめんなさい、ごめんなさいと誰かが泣いている。

震える声はあまりにも悲しげで、泣かないでくれ、と言いたくなった。
ボンヤリとした思考の中で、『早く泣き止ませてやらなければ』と思う。

重たい瞼をゆっくり持ち上げると静寂の中、濃い暗闇が広がっていた。

(ああ、まだ夜は明けていないのか‥)

視線はそのままでジッと眼を凝らしていると、やがて暗闇に慣れて天井の木目が確認できた。徐々に頭も冴えてきて、目覚めた理由を思い出す。気怠さの残る上半身を起こそうとした…が、動かない。
徐に視線を下へ向けて、ネイガウスはゴクリと息を呑んだ。
動けない理由は、自分の腹の上に人が、それも良く知る人物が乗っている為だった。

「…しえみ、」

ネイガウスは驚きを隠せず、呟く様に妻の名前を呼んだ。寝起きの少し掠れたその声は困惑を含んでいた。
縋るように見詰めてくる双眼は憂いを含み、儚げで何処か危うかった。その危うさ故に、ネイガウスはまるで幼子を見る保護者のように目が離せず、だが同時に直視することに困ってもいた。彼女の澄んだ瞳と視線を絡ませると異常な位に胸が苦しくなってしまう為だ。愛おしい、だけど上手く伝えられない。不器用なネイガウスは、度々しえみを突き放すような素振りをみせては後悔の繰り返しだった。一々気遣う言葉を選ばなければいけない。その難しさを改めて痛感していた。物事を前向きに捉えることの多い彼女でも、嫌われている等と勘違いしてしまっているかもしれない。現に共に居る時も距離をとろうとしているのがわかる。無駄な会話もしない。最近は避けるようにしていると感じるようにもなった。だが、ネイガウスは寧ろそれが有り難かった。
寂しくないといえば嘘になるが、彼女に優しくできず、酷いことを言って何度も悲しませてしまうくらいなら近付かないほうがいい。自分の寂しさぐらいは幾らでも我慢できる。
ネイガウスはしえみを深く愛していた。


―…どうしたものか。
ネイガウスの体は、先程から蛇に睨まれた蛙のように硬直していた。
月明かりに照らされキラキラと光る髪に目を細める。しえみは、何故かネイガウスの腹の上に座っている。今にもむせ返りそうなしえみの色香に酔いながら、ネイガウスは口を薄く開いて酸素を求めた。数回深く呼吸を繰り返してからゆっくりと心を落ち着けてしえみに話しかける。

「何故ここにいる」

先ずは1番に浮かんだ疑問からだ。だが、彼女は「ごめんなさい」と言っただけでまた黙ってしまった。

「なぜ謝る…謝れとは言っていない」

そう言ってみても、彼女はまたごめんなさい、ごめんなさいと繰り返す。
だからそうではなくて、と言いかけたが、この体制のままでは酷く話し難い。

「退いてくれないか」

身の自由も欲しかった為、とりあえず腹の上から退くように言うが、しえみはやはりただひたすら『ごめんなさい、』と繰り返すばかりだった。

何を聞いても謝罪しか言わない妻に意味が解らずホトホト困り果て、溜め息を吐く。
何故謝る?何故この部屋にいる?
何故腹の上に座っている?
何故、解放してくれない?
疑問はたくさんあるのに、一つもわからない。
自分は男で彼女は女。もちろん力の差は歴然だ。だから本当は力ずくで退かせることもたやすかった。だが、ネイガウスはしえみに乱暴な真似はしたくなかった。
何より、

「…泣くな」

彼女が更に泣いてしまうことを防ぎたかった。

わからない、彼女の涙のわけが。
何を詫びているのかも。

「ごめんなさい」

彼女が泣いている。
悲しそうに、泣いている。
何が理由で悲しいかは解らなくとも、悲しくて泣いている事実だけは理解できた。
悲しいと感じていることが事実なら、彼女が悲しいのは嫌だと思った。彼女が苦しいのは、嫌だと思った。

「ごめんなさい‥ごめん、なさい」

「怖い夢でも見たのか?」

手を伸ばし、柔らかな金糸に触れる。しえみの体がビクッと大きく跳ねた。しえみは慌てて腰を浮かし、身をよじりながら離れようとするが、それは背に回されたネイガウスの手によって妨げられる。

「‥あ…」

「‥泣くな。泣かれると…、困る。」

「え…?」

しえみは大きく眼を開き、ネイガウスを見詰めた。

「怒ら‥ないんですか?」

「怒る必要があるのか?」

「だって…鬱陶しい‥でしょうから」

首を傾げて『誰のことが?』と尋ねるネイガウスに、しえみは困惑ながら『私がです』と答えた。

「鬱陶しいと思ったことはない」

「えっ‥でも、嫌いでしょう?」

「嫌ってなどいない」

「うそ、だって…」

しえみは震える手でネイガウスの胸元を掴んで擦りよった。普段の彼女からはあり得ない行動に、ネイガウスはたじろぐ。

「しえみ、何を言っているんだ」

「先生が、わ…私のこと嫌になってしまったんじゃないか、心配で‥」

「そんなわけがあるか」

彼女の言葉に驚きつつも、愛しい女性に触れられて胸が騒ぐ。勘違いをしていただけだったのだ。それに安堵しながらしえみを見ると、彼女は濡れた瞳でネイガウスを見ていた。

「先生、抱き締めて下さい‥っ」

嗚咽を溢しながら涙を流すしえみを抱き寄せる。久しぶりの抱擁に、胸が熱なった。甘い香りで脳が痺れる。苦しくて、愛しくて堪らない。

「しえみ、泣かないでくれ」

ネイガウスは震えるしえみの体を強く抱き締め、彼女の柔らかい熱を求めた。二人の熱が重なる。
明るい朝はすぐそこまで来ていた。






 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
『Leibe』のユキさんに捧げます。

変態ネイガウス先生でリクエスト頂きましたが、ネイ先生の変態加減が心配だったので一応マトモ(?)なネイ先生の方も書かせて頂きました。加筆修正返品承りますし、2つともお好きなように、ポイッとして下さっても構いませんm(__)mヘコヘコ
いつも素晴らしい萌えを頂き、本当にありがとうございます!これからもネイしえハスハスしましょうね!ヽ(*´∨`*)ノはすはす
改めまして、これからもどうぞ宜しくお願い致しますm(*´∇`*)mペコッ

大好きなユキさんへ
たくさんの感謝と愛を込めて!

2012.2.28.潮


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