(三くの)
色々捏造。
『三くの(両片想い)「もしくのいちが幸村の命で三成の忍びだったら」』


三くの/1万打フリリク



「積もらないで欲しいな」

くのいちは戸の隙間から外を見ながらぽつりと溢した。


「早く止めばいいのに」

「…雪は嫌いか」

独り言のつもりが、同じ部屋で机に向かい、執務に没頭していた三成にまで聴こえてしまったらしい。
よもや返事が返ってくるとは思わず、くのいちは予想外の問い掛けへの対応が遅れた。
返事が返ってこないことに不満を感じたのだろう。三成は筆を置くと視線を書類からくのいちへと移し、明らかに不機嫌な顔をした。

「聞こえなかったのか?」

「えっと‥」

「忍にしては随分と遠い耳だ」

「うげ…嫌味ー。あたし今はもう忍じゃありませんけど」

「…そうだったな。」

三成はふぅ、と息をつくと立ち上がった。そして側に置いてあるうちかけを羽織ると、くのいちの居る縁側近くまで歩く。

「休憩ですか?」

「ああ。根を積めてやるのは体によくない」

「そんなこと、要領よくこなせる人にしか言えませんよ。みんなギリギリで余裕ないですもん。旦那は器用なこった」

おどけるくのいちを困った表情で一瞥してから、三成は戸の隙間に手をかけた。僅かだったそれを開き外を見て、別に眩しくもないのに目を細める。その様子を見上げながら、くのいちも眩しそうに目を細めた。

「…幸村は、」

「はい。」

「どうだったのだ?」

三成は視線を外に向けたままポツリと落とすように呟いた。くのいちは、それをひらうと、同じように静かに返した。

「あの性格ですから、まぁ…ギリギリにはならないけど、要領良いとは言い難い感じでしたよ」

「‥そうか」

「休憩なしの、根積め積め型って感じかなぁ」

「なんだそれは」

「幸村様って生真面目じゃないですか?‥中身も仕事もまんま同じでした」

「…だが、そこが長所でもあったな」

「ですね。‥懐かしいなぁ」

くのいちは溜め息のように溢して、外へと視線を移した。その目が陰る。恐らく、過去の想い出に浸っているのだろう。三成は、そんなくのいちを見てからもう一度外へと視線を戻した。

「静かだな」

「ホント。寂しいくらいに」

「…賑やかなのは、嫌いだ」

「嫌いだと思っていた、の間違いじゃないんですか?」

「…かもしれん。お前は変わらないな。一人でも、賑やかだ」

「変な言い方ですね〜でも嫌いじゃないでしょ?」

三成が困ったように『よく知っているな』と言えば、くのいちは『まぁ。付き合い長いですからね』と得意気に笑った。
その笑顔を見ながら、三成は自分の肩からうちかけを取ると、隣にいるくのいちの肩に掛けた。

「三成さん?」

「…薄着では風邪をひく。」

「え‥でも三成さんも、」

「必要ない」

くのいちは三成をじっと見て、また笑うと『じゃ、遠慮なく』と言ってくるまった。
そんなくのいちを見て、三成も薄く笑う。

あの頃。
三成が佐和山城にいた頃、三成を笑わせてくれる人間はまわりにたくさんいた。自然と笑みが溢れることも多々あった。賑やかで、鮮やかで。そんな日常が当たり前のように流れていた。

だが秀吉が死んでから、穏やかな日常は崩れだした。
バラバラに崩れた足元のまま三成は関ヶ原で家康と対峙した。優勢かと思われたが予想外の裏切りが引き金となり、三成率いる西軍は大敗した。豊臣の時代と共に、自分の人生も終わるのだろう‥と三成は覚悟した。
だが、家康は三成を斬首の刑には科さなかった。しかし二度と政権を握らないよう三成を隠居させる処置を取り、徳川の監視下のもと一切の交流を失わせて山奥へと住まわせた。皆は家康の寛大さに感心した。だけどそれは、処刑を望んだ三成への、最大の重刑だと思った上での処罰だったかもしれない。人との交流を断たせ、何の発信も出来ない環境に置きつつ情報は耳に入れさせる。生きて恥を晒し、己の無力さを呪わせてじわりじわりと心を蝕む。
三成の親や家臣が自刃した時も、大阪の陣で幸村が死んだ時も。三成は何も出来ずひたすら籠って己の無力さを呪い、身を斬られるような苦しみに歯を食い縛った。その後、完全に徳川の支配する世へと変わっていく様子を、ただ茫然と耳にいれることしか出来なかった。
遺される側として悲しみ、何も出来ずただ成り行きを耳に入れるだけの毎日。過去の栄光との差から現状を受け入れ難くも堕ちていく醜態から目を逸らせない。自分の命への決定権すらない。だからこそ今こうして生きている。苦しみを感じながら、生きることを恥じながら、それでも死ぬことが許されない。
生きているのに、死んでいた。
思考も鈍り、屍のようになりながら呼吸続けていた。

ほっておいても時間は流れる。
三成を置いて、時代は大きく変わった。

同じように毎日を繰り返す三成だったが、そんな時、変化が訪れた。
それは突然、本当に偶然の出来事だった。
三成はゆっくり目を閉じて、くのいちとの再開を思い出す。
彼女はまるでこの美しい雪のように、突然降ってきた。‥と言えば随分美化してしまうことになる。

大阪の陣が終わってから暫く経った頃、彼女は天井からこの部屋に落ちてきた。
傷が化膿して重傷化し、満身創痍で息も絶え絶えの彼女が三成を見てはじめに言った言葉は、『あたし一生分の運、いま使っちゃったかも』だった。
状態が回復してから聞けば、彼女は幸村が最期に無理矢理逃れさせたらしい。『突き放すようにされたのは、そうでもして私に生きて欲しかったからなんだね。』と、くのいちは悲しそうに言った。
あの激戦から逃れられたは良いものの刺客に執拗に命を狙われた彼女は、負傷しながらもなんとか山奥の建物まで辿り着いた。身体を回復させようと、屋根裏へ潜り込んだのだという。まさか、そこが三成の住居だったとは夢にも思わずに。
屋根裏から覗いた部屋の中に三成を認め、その瞬間に力尽きたくのいちは、自分の存在を知らせるために屋根裏から転倒した。普通に着地する体力すら残っていなかったのだ。それが二人の再会となった。些か感動的とは言い難い場面ではあったが、三成は驚きつつも嬉しく思った。それは、苦悩に満ちた三成に降ってきた唯一の安らぎだった。

それからこうして彼女も三成と共に、何もない隔離された寂しい山奥へ住むようになった。
三成は、わざわざこのような不自由な場所で自分のような罪人と共に暮らす必要はないと言ったが、彼女は出ていかなかった。『監視の眼も随分と薄くなってきてますし、あたしは大丈夫です』と言って微笑んだ彼女に、三成がそういうことじゃないと言えば、『私が居たくているんですよ』と言った。
俺は罪人だと言えば、あたしも同罪です。と言う。寂しいと言えば、あたしも寂しいですよと言ってくれる。愛おしい思い出も、身を裂くような悲しみも全て共有できる。そんな存在が側に居るうちに、三成は少しずつ癒されて、忘れかけていた笑い方も幸せも思い出せるようになった。
心の傷は疼く。一生消えない。
でもそれを背負って生きようと思えるようになった。彼女となら生きていきたいと思うようになった。


「三成さん、やっぱこれ一緒に羽織りましょうよ」

先ほど掛けてやったうちかけを広げ、くのいちは三成を見上げた。
三成は困ったように小さく笑うと頷いてからそれを羽織り、覆い被さるように彼女を背中から抱き寄せた。

「温かいですね〜」

嬉しそうに笑うくのいちの首筋に唇を寄せる。

「くすぐったいですよ!三成さん」

ふふふ、と笑う彼女に、三成は深く息を吸うと、

「ずっと側に居てくれるか」

と小さく尋ねた。
続けて『好きだ』と告げたら、くのいちは驚いた顔をして振り向き、『あたし‥戦忍だったから、身体中傷らだらけで眼もあてられませんよ?』と言った。三成はそんなことを気にするのかと拍子抜けした。

「それに何の問題があるのだ」

聞けば、三成を見上げる少女は同じように拍子抜けした表情を見せた。

そしてパチパチと瞬いた後、『三成さんがいいんなら、それでいいです』と言って、太陽のような笑顔を見せた。



三成は戸から手を出して、しんしんと降り続ける雪にそっと伸ばす。

「雪は嫌いか…?」

雪に視線を戻したくのいちに、再び訪ねた。

「んー‥わかりません。寒いのは嫌だけど、見た目は綺麗だし‥」

くのいちは『三成さんは?』と視線を三成に向けた。

「三成さんって、こういうの煩わしくて好きじゃなさそうだな〜とか昔は思ってたんですけど‥」

「確かに、昔は嫌いだった」

「てことは、今は好きなんですか?」

「ああ。雪を見れば、お前が降ってきた時を思い出すからな」

三成の手に乗った雪は、体温で溶けて水になると掌に広がった。
くのいちはそこから視線を逸らすと、恥ずかしそうに肩をすぼめ、『それって別に、雪じゃなくても落下物なら全部当てはまりそう…』と唇を尖らせた。

「なんだか三成さん、変わりましたよね」

「‥そうか?」

「うん。昔と違って、そういうの恥ずかしげもなく言うようになったかなぁ…」

「嫌か?」

「嫌じゃないですけど…あたしの心臓に悪いです」

「‥変わるのは時代だけではないからな」

「いや、そういう話じゃなくて……」

くのいちは苦笑いすると、体制を戻して三成と同じように雪へ手を伸ばした。

「ま、いっか。あたしも今のこの瞬間を思い出せるから、雪が好きになりそうです」

「それは‥」

「今、こうして側にいられて幸せってことですよ。旦那様」


外は暗くなり、白が闇に薄く浮かぶ。

静かな灰銀の世界の中、二つの影が重なった。








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