(柔蝮+矛)
色々捏造。


柔蝮/1万打フリリク


あの日の傷を忘れない。
忘れたくない。
そう思っても記憶は薄れて消えていく。
見えない場所についた傷は癒えないままでも、目に見える傷は治っていく。
あの日に壊れた時計は止まってしまって動かないけれど、時間は流れていった。
私も、矛兄さんと一緒に止まった時計みたいに、あの日で止まってしまいたい。
だけど、生きてるから。
背も伸びて知識も増えて、あっという間に矛兄さんの生きていた最期の歳まで追い越してしまった。

廉造や錦達は幼くて覚えていないと思う。金造は、覚えているかは定かじゃないが、矛兄さんを誇りだと言った。
悲しんで、縛られて動けないのは私だけかもしれない。
私は、乗り越えなくてはいけないのだろうか。

昨日みた夢に、久しぶりに矛兄さんが出て来た。兄さんは、昔と変わらない姿で『蝮、大事にしたってや』と言っていた。優しい笑顔に涙が滲む。
私は起きてすぐ、まだ薄暗いうちにあの場所へ向かった。

途中に見えた、美しい景色。
矛兄さんと手を繋いで見上げた空や、展望台から一緒に眺めた海。
私にとって青は特別な色で、見ていると優しい気持ちになれた。
だけど、私を癒してくれる青色は、優しいだけじゃなかった。
癒してくれていたのは、優しいからじゃなかった。
大好きだった青色は、私から大好きな矛兄さんを奪った。
それでも、矛兄さんに会いたくなると私は決まって思い出の中の青を辿るのだった。でも、幸せの終わりはやっぱり苦しくて、何度も何度も泣いた。

『ねぇ兄さん、あてはどないしたらええんやろ?』
1番上という立場を何より解ってくれた矛兄さん。期待に応えようと焦っては潰されかけて、弱った体と心を癒すために、矛兄さんとの思い出に縋った。
故人に何を尋ねたところで返事が返ってこないのは百も承知だったが、それでも私は語りかけた。
そうすれば、私の思い出の中の矛兄さんが、昔みたいに慰めて、励ましてくれている気持ちになれた。

同級生に馴染めなくて落ち込み、一人前になろうと背伸びをしては失敗した。そんな時、矛兄さんは私に『蝮は、蝮らしく』と口癖のように言っていた。

『背伸びしても、屈んで低くしても、すぐに疲れてしまうやろ?蝮は蝮らしくしてたらええんや。それで充分なんやで。蝮はほんまは泣き虫やのに泣くの我慢して、いつも周りを優先する。優しい子や。いつか絶対それに気付いて解ってくれる人が現れる。等身大の蝮が、蝮らしさが一番好きや言う人が現れるから、大事にするんやで』

そう言って頭を撫でてくれた。
なぁ、矛兄さん。
あては好きやいうんを上手く伝えられへん人間や。空回りばっかして相手を傷つけるんや。
どうしたらええ?もうどないしたらええかわからへん。
矛兄さんに会いたい。

時間の流れに背中を押されて、前に進む。気持ちが着いて行かなくても、時間は過ぎていく。いけないとわかりながらも、できるなら兄さんのいた幸せの時間に死んでしまいたかったと、何度も思ってきた。
矛兄さんの墓前でしゃがみ込むと、私からは涙がポロポロと流れ落ちる。別れはどうしていつも、こんなに悲しいのだろう。


「蝮」

後ろから呼ばれた声に、息が止まるかと思った。

「やっぱり此処におったんやな」

「…柔造」

(誰にも気付かれんよう出て来たのに、なんで。)

驚きで私の涙は引っ込んだ。

(…何で此処に来るん)

涙でぐしゃぐしゃになった顔を見せるわけにはいかないし、何より泣いていたなんて知られたくない。
振り向かない私に構わず柔造はまた『蝮』と私の名前を呼んだ。

「お前が‥矛兄を思い出しては矛兄の墓前で泣いてることは、ずっと前から知っとる」

「…」

「独りで泣くな、蝮」

涙が落ちる。
私はゆっくりと振り返った。

「‥なんで、何も知らんアンタにそないなこと言われなアカンの」

「…心配しとんのや」

「急に現れた思たらなんなん?‥今はほっといて」

突き放すように言うと、柔造は眉間にシワを寄せて『ほっとけんわ』と言った。

「なっ、」

「ほっとけるわけないやろ!」

苦しそうに顔を歪めた柔造を見て、私の顔も歪む。

「あては同情なんかいらん!」

「同情なんかと違う」

「‥じゃあ何や。笑い者にでもする気か?」

言った瞬間、柔造が動くのが見えて、私は殴られると思い身を強張らせた。だけど、柔造は私を殴るのではなく、驚くほど優しく抱きしめてきたのだった。

「…っな、なんするんや!離しぃっ!」

離せ離せと抵抗したが、柔造の力に敵うわけもなく、こんなところでも時間の流れをまざまざと見せ付けられて私はまた泣いた。涙が溢れても拭わず、阿呆だ馬鹿申だと柔造を罵った。
だけど彼は、更に腕の力を強めると『‥俺は、お前が好きや。お前らしさも全部‥』と言った。


「蝮は蝮らしく。矛兄に言われてたん違うか」

「…何で、アンタが知ってんねんっ」

「あの時‥俺も居合わせてた」

私は驚き、抵抗をやめた。
すると柔造も力を弱めて私を解放した。


「あの日。お前と矛兄の会話が聞こえて、俺はやっぱり矛兄には敵わへんて思た。矛兄しか蝮を幸せにでけへんなら、身を退こうて思たんや。せやけどな、今のお前はなんや?思い出に縋って、死んだ矛兄に甘えて。蝮らしくて言われたんに昔の自分に戻ろうとして、逆に矛兄の言うたお前らしさを消そうとしてるやんか!」

「‥っうるさい」

「矛兄は死んだ。けどな、お前は生きとるやろ!!」

「言われんでも知ってる!わかってること一々言いなや!!」

「ホンマにわかってるんやったらちゃんと前みろ!一人で殻に篭ってわからんフリしていつまで目ぇ逸らしてるんや!!逃げんなや蝮!俺らはいつまでも昔のままではおられへんねんぞ!!」

「‥う、っるさい、うるさい!うるさいうるさい!!そんなん‥、そんなんとっくに知ってるわっ柔造の阿呆ぉ!馬鹿申っ‥わぁあああぁっ」

私は何かが崩れ落ちた感覚のなかで、栂が外れたように泣き叫んだ。

柔造は私のために言ってくれている。そのことに、私は気付いている。彼は自分も矛兄さんの影と闘いながら、私の分まで闘ってくれていた。全部知っていた。
だって私は、そんな彼に惹かれていったのだから。

大好きな矛兄さん。
初めから、お墓に来るのはこれが最後のつもりやったんよ。
最後やから、こうして泣きわめくことを許してね。
私は、私を理解して大事にしてくれる柔造を、貴方の言った通り大事にしたいと思う。
それは誰に言われたからではなく、私がそうしたいと思ったから。


ねぇ矛兄さん。
昨日みた夢は…懐かしい約束を守り抜いた私への、貴方からの贈り物だったのでしょうか。



暗いる。


(暗く深い水底まで届いたあなたの声で)
(私は漸く、息を吹き返す)



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