(勝朴)
「朴さん」
「ん。なぁに?勝呂くん」
「こないな話ばっか聞いてて、つまらんことないか?」
夕日に照らされた教室で、当番日誌を書きながら聞いてきた勝呂くん。視界の端にちょこっと映る彼の顔が少し歪んだのが見えた。
私は、冊子の束が山のように積み上がったその上に、たった今ホチキスで新しく止めた冊子を乗せてから、ゆっくりと顔を上げて微笑む。
「ううん、そんなことないよ。」
「ホンマか?」
疑いの眼差しを向けられて、私が『ホント、ホント』と言うと、勝呂君は困ったような、呆れたような顔をして『そぉか』と零した。
「せやけど…」
「ん?」
「俺の小さい頃の話なんか、聞いても何の足しにもならへんやろ」
「そうかなぁ?」
「やって、こないな話聞かせろ言うん、志摩らのこと好きて言うとる女子くらいやで」
「…志摩君と三輪君を?」
「せや。子猫はわかるけど、志摩が好きやいうとるんはホンマ物好きやわ‥」
微かに眉間へシワを寄せた勝呂君は、はぁ。と溜め息をついた。
「勝呂君、苦労してるみたいだね。仲介人をよくお願いされるの?」
「いや、俺は顔が顔やし近寄られへんからなぁ。稀にやと思う。普段は志摩と子猫がお互いのを頼まれとるんとちゃうか?」
「そうなんだ?なんだか大変だねぇ…じゃあ、あの二人が頼まれてる相手は、勝呂くんかもしれないね?」
「いや‥ないやろ。前に、二人には止めろ言うといたし…『最近は関与してませんよ』て志摩も言うとったしなぁ…」
「…勝呂くん、モテるんだね」
「ないない。人並み以下や」
「そうかなぁ?でも、志摩くんは『坊は男前やから昔も今もむっちゃモテはりますで〜おかげで僕は大忙しやわ。まぁ女子と喋る機会増えてえぇんやけどね』って言ってたよ」
「は!?」
「それに、私は怖いとは思わないなぁ。可愛いから好きだよ」
「、え」
「勝呂くんの小さい頃」
「!そ、そーか?」
勝呂くんは、後頭部をポリポリと掻きながらため息を吐いて、「ならええんやけど‥」と少しぶっきらぼうに言った。
「今は恐面やしなぁ‥」
「え?そんなことないよ。」
「せやろか‥」
「うん。それにとっても話し易いし。勝呂くんは話し上手だから、私は感心して聞きたくなるんだよ」
「‥そっ、そない言われたん、初めてやわ‥」
「私もこんなこと人に言ったの初めて」
「あ…、ありがとぉな」
「ううん、私こそ。」
目線を逸らしてお礼を言ってきた勝呂くんに、私はニッコリ微笑んだ。
「それにしても、志摩君は前から女の子が大好きだったんだねぇ」
「…まぁ。あいつは昔から女の形してたら追いかけるようなんやったし、色々問題児やったでなぁ。」
「ふぅん?志摩君好きな子は、物好きなのかな?」
「傍から見てきた俺はそぉ思うけどな」
「そっか。…じゃあさ、勝呂君を好きな子は?」
「はぁ、俺…?俺なんか好きなんは変人や」
「ぷ、ふふっ。変人?」
「な、なん笑っとん」
「ごめんごめん。吹き出しちゃった。私は変人だったのかーと思うと、つい」
「…は?」
「私ね、勝呂君のことが好きなの。だから変人だね。」
勝呂君はピアスがたくさんついた耳を真っ赤に染めて、驚愕の表情を浮かべながら私を見た。
「…ホンマ、変人や」
「ふふっ、なんとでも」
「…ほしたら、朴さん好きな人はなんなんや?」
「え?私…?」
「おん。言うて」
勝呂くんは真面目な顔をして私をジッと見つめてきた。
何だか恥ずかしくて、私はごまかすように笑って明るく振る舞う。
「うーん。そうだなぁ‥私なんかを好きな人は、重症な変人さんかなー?」
「疑問形?まぁええわ。とりあえず、俺が重症な変人や言うことはわかった」
「…え?えっ??」
「俺も朴さんのこと好きや。前から好きやった」
「えぇっ!?」
「重症な変人は嫌か?」
「…っ、嫌なわけないよ‥嬉しいけど‥」
「それ聞いて安心した。これから宜しく。変人さん」
「っ、こちらこそ」
勝呂くんの顔は真っ赤で、私も真っ赤。二人とも夕日より真っ赤な顔をして、誰もいない教室の中で改めて握手なんかをしてみた。見つめ合って、クスリと笑い合って、私は『ああ、幸せだなぁ』と思ったのだった。
それは、甘くて優しい時間でした。