(燐しえ)
燐としえみは二人、正十字学園の旧男子寮で勉強をしていた。
不意に、しえみが何か思い付いたように燐を呼んだ。
「ねぇ、燐。」
「ん?」
「あのね‥」
「うん」
「尻尾を、触らせて貰っていいかなぁ?」
「…はぁ!?」
恥ずかしそうに言われたその言葉に、燐は素っ頓狂な声をあげた。
「前からずっと触ってみたいなぁって思ってたんだけど、なかなか言えなくて…。だ、ダメ‥?」
「っ!」
好きな子に触りたいと言われて、嬉しくないはずがない。本当は、普段からもっと触れ合いたいと思っていたりする。だが、尻尾だけは…。
(理性、保てるのか?俺…)
正直、保てる自信がない。
だけど、恥ずかしそうに上目遣いでされたお願いを、燐が断れるはずなどなかった。
(それ、反則だろ‥。)
燐は後頭部をガシガシと乱暴に掻き乱して、観念したようにため息を吐いた。
「いいけど、…ちょっとだけだからな」
「うん!ありがとうっ」
しえみは花が咲いたような笑顔で礼を言った。燐はしょうがないな、と困ったように顔を崩して彼女を見詰めた。今は周りに誰も居ないが、もし第三者が居たとしたら燐が満更でもないことは一目瞭然だっただろう。
好き、というのは本当にどうしようもない。
燐はヤレヤレと小さなため息を吐き出した後、嬉しそうに微笑んだ。
「あんま強く触んなよ?」
「うん!痛くしないよ」
「え。いや、痛いのはまだいいんだけど、その…」
「へ?」
「な、何でもねぇ!‥とにかく、そっとな」
「うん!」
そぅっと、そぅっと…と自分に言い聞かせながら、しえみが燐の尻尾に触れる。
「ふわぁ‥凄いなぁ、毛並みつやつやだね!」
「そ、そうかよ‥」
「うん!それに温かい。」
「か‥身体の一部だからな」
「そっかぁ、そうだよね。尻尾までが燐なんだねぇ‥ふふっ。よしよし」
「っ!」
すりすりと撫でられて、燐の尻尾はピクリと動いた。しえみは気づかず撫でている。
「燐の尻尾、なんだかかわいいね!」
「あ、あんま強く触んないでくれねぇか?」
「へ?強かった?ご、ごめんね」
パッと手を離したしえみだったが、
「、しえみ」
燐の尻尾が手首に絡み付いて来て、そこから動なくなった。
「り‥燐?」
「…離すなよ。」
「?うん、ごめんね‥嫌じゃなかった?」
「嫌じゃない…。しえみに触られるの、好きだ。」
「燐‥」
「なぁ、しえみ。もっと触ってくれよ」
巻き付いた燐の尻尾が肘の辺りまで絡みついて、しえみは驚き、目をしばたたかせた。
「燐?どうしたの‥、ッん!」
尋ねた次の瞬間、唇を押し当てられてしえみの肩は大きく跳ねる。燐の舌が侵入して、歯列をなぞった。呼吸の苦しさに力を抜いたしえみの舌を、燐は絡めとって深く深く、溶け合うようにキスをした。
「ん、‥ンんっ!」
しえみが苦しくなって胸をトントンと叩くと、燐は漸く解放を許した。
「‥ふ、はぁ‥はぁ」
名残惜しげに至近距離で見つめてくる燐の瞳を、しえみは荒い呼吸のなかで虚ろに見詰め返す。
「‥りん‥?」
しえみが小さく呼ぶと、燐は腰に腕を回して身体を優しく抱き寄せた。そして耳元に唇を寄せて囁く。
「もう無理、しえみ‥責任とってくれよ」
「せ‥責任‥?」
「そ。俺をこんなにした責任」
拒否は認めねぇけど。
言って、燐はしえみの耳をべろりと舐めた。
吐息が熱い。肌に触れる燐の体温はもっと熱い。
(でも、1番熱いのはきっと‥)
しえみは、ゆっくりと回る景色を見詰め、これから始まる熱い時間へと想いを馳せた。