──目の前の光景を疑った



「キャアアァァア!!」

「助けてェェエお母さァァん…!」


逃げ戸惑う人々、聞こえてくる悲鳴。視界に見える鮮やかな赤と断末魔。燃え広がる炎が家や畑を呑み込んでいく。小雨は勢いある炎を消してくれない。

自分がここを離れている間に、何があったというのか。言葉を失い立ち尽くす。その時だった。


「まだ居たのかァ」


背後からそんな声が聞こえたと同時に、背中に衝撃が走る。前のめりに倒れ、痛みで止まる息を何とか体に取り込もうと苦しいぐらい咳を繰り返した。
息も整わない内に、ゆっくりと後ろを振り返る。大柄の男が手に刀を持ち、名前を見下ろしていた。恐怖に顔を染める名前を前に、男は楽しそうに口元を歪める。


「あ……あ…」

「安心しなァ、今すぐ皆の所へ連れていってやるよ」


ゆっくりと上げられた刀の刃に滴る血が、刃先から名前の頬に落ちる。
そのまま降り下ろされたモノに、名前は目を強く瞑り、襲い掛かってくるだろう痛みに身を構えた。



しかし、いつまでたっても斬られる痛みが襲わない。恐る恐る目を開けると、座り込む自分の足元に広がる血が、肩から背中全体に裂かれたような切傷を残しうつ伏せに倒れ込む男から大量に流れ出ていた。

間違いない、自分を殺そうとした男だった。


「ひ…」

「見るな」

「っ…!」


突如、目の前に自分と男を遮るように壁が出来た。
強ばる体に言い聞かせ、ゆっくりと顔を上げる。


「大丈夫か?」


逆立ての銀色の髪に左目を覆う眼帯。灰色掛かる鋭い眼は真っ直ぐに名前を見下ろしている。紫の着物に包まれた、惜しみなくさらけ出された腕から上半身にかけては、端から見ても鍛え抜かれた体つきで、異様な形をした大き槍を軽々と持ち上げている。

地面に尻餅を付く名前に視線を合わせるようにしゃがみ込む目の前の男に、名前は距離を取ろうとするも力が入らず動けない。
一方の男は、名前の頭上から足先に掛けて探るような視線を投げる。そしてもう一度目を合わせると、男は目を細め口端を緩く上げた。


「…怪我はねェな」


そう言って名前に向かって右腕を伸ばしてくる。大きな手は頬に当てられ、親指が何かを拭うように強く頬を擦った。


「アニキー!」


遠くから野太い叫ぶ声がする。それと同時に目の前の男は名前から手を離すと、声のする方に顔を向けた。


「おう可之助、どうだった」

「こっちは全部終わりましたぜ!生き残った村の人も保護しました!」

「よっしゃ、それじゃあ撤収だ!他の野郎共にも言っておけ!」

「火はどうするんっすか?」

「時機に大雨んなっからな。放っておいても心配ねェだろうよ」


途端、体がぐんと持ち上がり、視界が高くなる。太ももの裏辺りに回る逞しい腕に、抱っこされたのだと理解した。
歩き出した拍子に不安定になり思わず縋るように肩に羽織る服を掴むと、微かだが男が笑ったような気がした。


「しっかり掴まってな」


鼓膜を揺らす低く心地よい声。名前は額を肩に付ける。
少ししょっぱい香りが妙に気持ちを落ち着かせた。
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