客人が来るからといって、名前達の仕事が劇的に変わることはない。いつものように淡々と仕事をこなしていると、門前から騒がしい声が聞こえた。共に仕事をしていた女中達と、城の上から様子を見る。見たことのない服装をした人達が、元親の兵士達と会話をしていた。
言っていた客人が到着したようだ。馬か足しか移動手段はないから、さぞ疲れただろう。


「お客様が来たみたいね。さ、私達も急いでお出迎えしましょうか!」


その言葉と共に止まっていた足音が鳴りはじめる。名前もそれに続いていく。
ふと嫌な予感がして振り返った。もう一度下を覗き込み、様子を伺う。先程みた光景となんら変わりないのに、胸にざわつく何かはおさまらなかった。



* * * * * *



来てから随分と時間がたつ。もう話は終わったのだろうかと、掃除を終え回廊を行きながら思う。学が無く、小さい頃から土と共に生きてきた自分には到底理解出来ない内容なのだろう。いつもはああして動き回る事を好む元親が真剣に話す姿を想像してクスリと笑みを零す。

ふと何気なく目にした庭に三枚、葉が落ちていることに気付いた。いつでも綺麗であることを心掛けて、なにより客人が居る今、少しの汚れも禁物。
一瞬、履物が無い事にどうしようかと悩むが、意を決して地面に降り立つ。土も濡れていないから払えばどうにかなる。一枚二枚と拾い、最後の一枚を取ろうとした時、突如吹いた風にさらわれてしまった。


「あ…」


直ぐに止んだ風に、ふわりと浮いた葉が再び地面に向かって落ちていく。それを目で追っていくと、誰かの足元で静かに止まった。その足の主は、落ちた葉を指で摘み、ゆっくり拾いあげる。名前もその手を追って視線を上げた。


「落ち葉と、鬼事ですか?」


色彩の事を全く知らない名前でも、黒とは違う暗い色と分かる色無地の長着。漆黒の艶やかな髪は、手元の葉を見て微笑む彼の肌色を良く映えさせていた。


「あの…」

「ああ、いきなり申し訳ありません。私は石谷頼辰と申します。しばらくの間、お世話になります」


見たことがないと思ったら、お客様らしい。出くわしてしまった事の驚きよりも、長曾我部にはあまりない気品ある雰囲気に、思わず惚れ惚れとしてしまった。


「あ…私はこちらで女中を勤めている名前と申します。お恥ずかしい所をお見せして申し訳ありません…」

「謝る事はありませんよ」


頭を下げる名前に、砂を踏み締め近寄る。「顔を上げて下さい」と近くに落とされた声にゆっくりと頭を持ち上げる。遠くだと華奢に見えた身体は意外にもしっかりしている様で、元親よりも背は低いが名前からすれば十分に高い。


「これは何かに使うつもりで?」

「いえ、葉が落ちていたので拾っていたんです。とても素敵なお庭だから、いつも綺麗にしておきたくて」

「そうでしたか。確かに、ここから見る景色は庭だけでなく、見るもの全てが美しい」


そう言って笑った頼辰から落ち葉を受け取る。自分達がいつも綺麗にしているお城、大好きな場所を褒められて悪い気はしない。嬉しさについ綻ぶ顔を隠す事せず、静かに笑みを零した。


「今回はお付きの者として同行したのですが、少しだけ暇が出来たので、長曾我部殿のご厚意に甘えて城内を歩いていたのです。しかし、どこも広くて全てを見て回れないようです。
なので是非、貴女がお勧めする場所などあれば、教えて頂きたい」

「あ…それなら、この庭の奥にずっと行くと、海が一望出来る場所があるんです。静かでとっても良い景色なんですが、誰の呼ぶ声にも気付かないのが難点です」

「ふふ、それはいい」


目線と指で指した先を見ながら二人してクスクスと笑う。名前のお勧めした通りの場所へ足を進める頼辰は見えなくなる寸前、振り返り手を振る。名前はそれをお辞儀で送り返す姿に笑みを浮かべ、そのまま背を向けて去っていった。

名前も自分の持ち場に戻ろうと庭を後にする。ふわり香った香の匂いは、彼の印象と同じ、とても優しい香りだった。
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