眩しさに眉を顰める。一つ唸りゆっくりと目を開ける。板張りの天井がぼんやりと映り、上半身を起こす。そこで、いつも寝る部屋と違うことに気付いた。


「起こしたか」


今だ寝ぼける頭のまま、声のする方に顔を向ける。水平線から昇る陽の光が元親の後方から射し、表情は窺えないが、笑っているんだと思う。


「あ…なんで、もとちか、さまが…」

「昨日あのまま寝ちまったんだよ。覚えてねェか?」


その言葉に、働かない頭を必死に動かす。

昨夜、互いに心につっかえていた靄が取れた。それが嬉しくてとめどなく流れる涙、元親が優しく抱きしめてくれて…──

そこまで考えて、昨日のことを鮮明に思い出す。あの後、泣き疲れからなのか安堵からなのかその腕に抱かれたまま眠ってしまったのだ。
なんてことをしてしまったんだと羞恥に全身がカッと燃えるように熱くなる。言葉も出ず鯉のように口をぱくぱくとさせていると、それが面白かったのか吹き出す声がした。


「気にしてねぇさ。寧ろ、寝顔拝めて得した気分だ」

「と、得って…」

「ははは!まぁ、あんま考えんな。んなことより、こっち来いよ」


話をかわされ、余裕を見せられたようで悔しいが、指で軽く手招きされると身体が反応してしまう。まるで元親の声が名前の身体の原動力かのように布団の上から立ち上がり、ゆっくりと歩み寄る。
手を伸ばすと十分に触れられる距離で腰を降ろす。遠くでは見えなかった表情は、今まで見たどんな表情よりも甘いものだった。

再び熱の上がる顔。直視出来ず僅かに視線を逸らす。しかし、それよりも早く元親の手が名前の手を取り、緩く握り締めた。


「…聞いても、いいか」

「なにを、ですか」

「俺が名前に会いに行かなくなった後。それからどうしていたのか。…何が、あったのか」


名前は両目を伏せ、そして目を瞑る。鮮明に思い出せるあの日のこと。全てを話してくれた元親にこそ、言わなくてはいけない。


「…“また”って約束した日の夜に、父が旅先で亡くなったと知らされました。父がいなくなって生活が苦しくなった分、母が身を削って働いてくれていたんです」


朝早くから夜遅くまで、畑仕事から知人の店の手伝い。食事の準備だけして出ていく後ろ姿を見送りながら名前は、一人でご飯を食べる。寝た振りをして、夜な夜な聞こえる泣き声に気付かぬふりをしていた。

──どうしてお母さんは泣いているの?
幼い名前は父の死に実感がなく、そう思っていた。同時に、大好きな母を笑顔にさせてあげることが出来ず、苦しかった。


「…過労、だと。身体的にも精神的にも限界だったんだろうって言われました」

「その、あとは」

「村の皆に支えてもらっていました。…でも、多分そこも無くなっていると、思います」


村が襲われて、深い森の中を駆けて逃げている途中、足を滑らして高い崖から落ちた。それこそが原因だった。
それが約二年前。


「…そうか」


握り締められた手が離される。それが二の腕辺りを掴み、強く引き寄せられた。背中と後頭部に回る腕。解くように髪を流れるゴツゴツとした指。
昔は女のように線が細かった。指はしなやかで傷一つ見当たらず、口を開けば優しい音色。力が弱くて体力がなかった。今の風貌からでは想像が出来ないほど元親は変わってしまったけれど。


「…生きててくれて、よかった」


髪に擦り寄せられる頬。耳元で囁かれる言葉。恥ずかしい気持ちより嬉しさが勝り、名前は元親の着物を控えめに握り締めた。
外見はあの頃の面影はないけれど、他人を思う心はあの頃から変わらなかった。



* * * * * *



そそくさと何事もなかったかのように仕事に行くと、昨日の宴会の片付けが行われていた。どうにも酒が入り雑魚寝した兵士達が邪魔して、掃除が出来なかったらしい。
それにしても慌てたように片付けをしていく女中達に首を傾げる。いつもはもっとのんびりとしているのに。


「まだ名前ちゃんまで伝わってなかったのねぇ。昨日、宴も終盤に差し掛かった頃、貞重様が私達の元に来てね。前に言っていたお客様が急遽いらっしゃるらしいわ」

「そうですか。それは、急がないといけませんね」


端に置かれた御膳を持ち上げる。落とさないよう早足で部屋を後にしようとした時だった。


「名前ちゃん」


振り返った先、真剣な表情でこちらを見る女中に何かと身体を向ける。言い出しにくそうに一度視線を逸らした後、ゆっくりと口を開けた。


「自分に素直に生きるんだよ」


意味ありげな台詞を残し、作業に取り掛かる背中を見つめる。その言葉を理解出来ず心に大きなしこりを残した。
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