なんて返せばよいか、わからなかった。ただ、その鋭い眼を柔らかく見せ影を落とす優しい表情にその話は嘘ではないのだと分かる。


「…あれから数年。四国を平定してから、俺は、テメェで決めたことすらすっかり忘れてた。
だから、最初は償いだった。アンタ達の大切なものを守れなかった俺に、唯一出来ることだってな」


元親の手に添えていた自分の手を、その二つの大きな手によって包まれる。親指が時折撫でるように動き、擽ったい。


「名前が昔の名前だってわかって、嬉しかった。不謹慎だが、名前が生きててよかったと何度も思った。…早く俺を思い出してほしいって、それだけ考えてた」

「では、何故、何も教えてくれなかったんですか…?」

「“また会おう”って約束を破った俺が、アンタに嫌われてない保障がどこにも無かった。思い出した瞬間に俺を嫌うんじゃないかって……柄にもなく思っちまった」

「それじゃあ…」


お互い、恐れていたのだ。大切な人に嫌われることを。一線を越えて、このもどかしくも心地好い関係が崩れ去るのを。

視界がぐにゃりと歪む。嫌われていなかった事への安堵と嬉しさに、表に出る感情を隠すことなんて出来なかった。
頬に伝うものをそのままに、漏れる嗚咽を隠そうと息を止める。しかし、それよりも早く、掴まれていた手をグイと強く引かれた。瞬間、身体を包む温もりに目を見開く。


「泣き虫だなァ、名前は」


元親の膝の上、逞しい腕に優しく抱かれ、耳元で囁かれる。時折髪を解くように頭を撫でられて、それがどうしようもなくまた涙を誘う。首を二三度横に振り、縋るように胸板に手を置くと肩に顔を埋めた。


「それ、はっ…元親、さまがっ…」

「俺のせいか? そりゃすまねェな」


少し笑いを含む声色と、触れる身体を通して伝わる振動が心地好くて、次第に涙が止まっていく。そっと顔を上げると、元親の背中に回っていた手が名前の肩に置かれ、ほんの少しだけ身体を離される。

至近距離で見下ろされ、羞恥に顔が熱くなっていく。目を細め、口端を僅かに上げ優しげに見つめる元親に耐え切れず顔を逸らそうとするよりも早く、元親の大きな両手が名前の頬を包んだ。

反射的に目を瞑った瞬間、泣いて赤くなった目元に一瞬、柔らかい何かが押し当てられた。


「昔も今も、俺にとってアンタは必要なんだよ。それじゃあ、傍に置く理由になんねぇか」


開いた先に、照れたように微かに頬を染める表情に、愛おしさが込み上げる。自分には勿体ないほど、十分過ぎるその理由に歓喜し何度も頷いて見せると、もう一度目元に柔らかいものが触れた。
ちゅっと音を立ててそれが離れると、再度大きな腕に抱き込まれた。先程聞いた昔話に出てきた話で、元親も、自分の父に抱かれた時、恥ずかしくて温かくて全てを委ねて安心出来る、こんな気持ちになったのかなと一人そんなことを思う。


元親の服をキュッと握り締めると、それに応えるかのように抱く腕の力が強まった。

さっきまで降っていた雨は瓦を打つことをやめ、いつの間にか空は星が見えるほど、晴れやかになっていた。
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