城を抜け出していたことがバレてしまった。考えれば、今まで気付かれずにいたこと自体が不思議なことだった。
使っていた小さな抜け道は塞がれた。気配は感じないが、どこからか見張っているような気がする。抜け出しただけならばこんなに厳重にはならなかった。平民と、名前と接触していたことを知られたことは大きかった。
長曾我部の人間は国親の人柄故か懐の広い者が多かったが、皆がそうではない。「長曾我部の子の中に女子の格好をした男子が居るなど知れ渡れば」「低俗な者と関わるなどあってはならない」閉じ込められた部屋の中で、何度聞いてきただろう。

気付けば半月以上、部屋から出られなかった。その間、考えるのは名前のことばかり。「また」と言って待てど来ない自分を待ってくれているのか。寒くないだろうか、寂しくないだろうか。不安は募るばかり。


「──…弥三郎、入るぞ」


静かに開かれる障子戸。後方から射す光に、眩しくて目を細める。再び閉められ閉鎖された空間に国親と二人きりになった。目の前に腰を下ろす動作に、両肩が震える。
何を言われるのか怖く、膝の上に置いた手を強く握り締める。下を向いて目を強く瞑り、言葉を待った。


「城の外はどうだった?」

「…え…?」


てっきり叱られると思っていた弥三郎は、思いもよらない言葉に勢いよく顔を上げる。口元に笑みを湛えるその表情に偽りはない。


「お、怒らない、の?」

「どうして?」

「だって、お城、抜け出したから」

「ははっ、そんなことじゃ怒りはしないよ。心配はしたけどな」


脇に手を入れられ、持ち上げられる。後ろ向きに膝の上に座らされた。そこは、一番大好きな弥三郎の定位置。お腹に回る大きな手に、あの日、抱き上げられたときのような恐怖は感じない。


「私も幼い頃はよく城を抜け出して、皆を困らせたものだ」

「父上も…」

「あぁ。すごく楽しかったよ。此処に閉じこもっていたら知らないことを、世界を、たくさん見れた」


あの日を思い出しているのだろう。振り向いた先に見えた国親は懐かしさに目元を緩める。


「弥三郎は、何を見てきた?」


その表情がまるで子供のようで、初めてみる父の顔に弥三郎は目を張った。





「…友達が出来たんだ」


気付けば、口が動いていた。ぽつりぽつりと、ゆっくりだが話し始める弥三郎に国親は静かに耳を傾ける。


「僕より小さい女の子で、走るのが好きで、とっても良く笑う子」


彼女の、名前の傍に居るだけで暗い気持ちが晴れやかになっていくようだった。ずっと一緒に居たいと、初めて思った唯一の子だった、のに。

自分が此処の人間である限り、一緒にいることは出来ない。住む世界が違うんだと、割り切らなくてはならない。


「…僕は、」


瞼の裏にちらつく名前の笑顔に、そんなこと、出来る筈がない。


「痛いのも、痛めつけるのも嫌いだ。傷付きたくないし傷付けたくない。好きなことをしたい、好きなことを言いたい。…大切な人と、ずっと、一緒にいたい。

そう思うのは、いけないこと? それは、言葉にしてはいけないこと?」


咎められることを覚悟してまで伝えたかった。自分を見下ろす双眼をじっと見つめる。ほんの一瞬だったかもしれない。だけど長い時間そうして見つめていたようだった。
不意に、自分の身体に回る腕に力が入る。そのあと、片腕を離して前髪を撫でられた。母が子守歌を歌うときトントンと胸元を静かに叩く、眠気を誘うような心地好いもの。


「誰もが人を痛めつけることは嫌だと思う。好きなことを好きなだけしたい。大切な人と片時も離れたくない。弥三郎の気持ちはよく分かる」

「だったら、なんで…?」

「守りたいからだよ。お前の母さんもお前も、城に居る者も、四国に居る者も。
皆が笑って暮らせる為だったら、私は痛いことも我慢出来る。人の痛みを背負う覚悟もある」


後ろ向きから向かい合わせに座らされる。背中と頭に手がまわり、優しく引き寄せられた。


「力だけじゃ手に入らないが、力がなくては手に入らないものもある。思い通りにならないことを嘆くだけなら誰にだって出来る。大切なのはその先だ。
本気で思うなら、お前自身で、今の常識を変えればいい。誰にも咎められることのない、お前のきまりを作れ」


ずっと今の現状に諦めて何もせず、ただ我が儘を言う子供だったと自覚した。自分の甘い考えに恥じると共に、胸につかえていたモヤモヤとした霧が、すっと晴れていくようだった。

髪を纏めていた簪を抜く。少し長い髪は重力に従い、するりと肩に落ちた。


「…誰も傷付くことがない、皆が大切な人と一緒に笑って暮らせる国にしたい」

「お前なら必ず出来る。私の自慢の息子だからな」










女子の着物を仕舞った。
長らく疎かにした鍛練も人一倍励んだ。
他者よりも遅かったが、無事に元服し、国親の親をもらい新しく元親と名乗るようになった。


その後、数年と足を運んでいなかった待ち合わせの場所に行ったがやはり、名前の姿はなかった。

もう、会うことはないだろう。だが、この国のどこかで元気に暮らしていると信じた。信じて、いつまでも変わらず笑っていてくれるなら、どんなに辛くても、頑張れる。
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