部屋の隅に身を置き、膝を抱えて小さくなる。障子から透けて陽の光が入るも、薄暗い。

あれから、部屋に篭りきりだった。
毎日ある稽古も行かず、心配する両親にも会わず本を読み、字を書き、思い出せば身を小さくして迫る恐怖に堪える。

ずっと、考えていた。どうやったら戦いに身を置かず、恐怖することなく生きられるのか。長曾我部の後継者として、周りに期待されている自分がこの重役から逃れられる方法なんか、あるのだろうか。



どのくらいたっただろう。賑やかな外に、膝に埋めていた顔を上げる。
兵士の声に負けない女中の、女の大きな笑い声が耳に届く。


「…そうだ」


弥三郎はふらりよろめく足で立ち上がり棚の中を漁る。何かの一式を見付けると、それを胸に抱えこんだ。

後継者になることも、戦いに身を置くことも必要のない存在。痛いという恐怖から逃れられる唯一の方法だった。



* * * * * *





「弥三郎様、一体いかがされたのですか…!?」


ざわつく家臣に四方から見られ居心地の悪いまま、それでも動くことなく上座に座る父─国親と、その斜め後ろに座る母に頭を下げる。


「顔を上げろ、弥三郎」


数秒置いて上げられたその顔は綺麗に化粧され、また、その細身に女物の着物を纏うからか、どこからどうみても女にしか見えなかった。

女になること。それが恐怖から逃れられる唯一の方法だと思った。嫁に出た姉や母の道具を借り見よう見真似で肌にあしらい、綺麗な着物で身を飾った。


「男子が女子の格好をするなど、はしたないにも程がある!」


そんな声が耳に入った。当たり前の言い分だ。もしも立場が逆であれば、自分も同じことを思っていただろう。

国親は何も言わず、じっと弥三郎を見つめた。その眼差しに、逸らすことのない瞳に、緊張から手汗が滲む。それでも唇を噛んで堪える。どのような事を言われようとも、この意思は変わらない。


「…何があったか知らないが、弥三郎がそれを望むなら私は何も言わない」

「なんと…お気は確かですかっ!?」

「長曾我部の名を名乗るものがこれでは、皆の士気に関わるどころか、名を汚すことにもなりますぞ!」

「…口を慎め。どのような理由があろうと我が子を侮辱するような言動は許さない」


糸を張ったように静かになる。戦場で発する鋭い覇気に似たそれに、敵う者は居ない。

一方、弥三郎は信じられなかった。何か一つでもこの身に言葉を浴びせられることを覚悟していたのに。
認めて貰えた安堵と共に沸き上がるのは、胸をチクチクと刺す罪悪感だった。



* * * * * *



外の景色を眺める。見下ろせば見える砂浜に寄せられる波は穏やかで、素足で触れる白砂と冷たい海水を想像しては幾度も焦がれる。
国親の命で表立って悪口を言う者は居なくなったが、その代わりというのか、家臣から外出の一切を禁じられた。その狙いが分かる弥三郎は、自業自得ながらも胸を痛めた。あんなにも自分に期待をし、慕ってくれた者が今ではその面影すらない。どうして、戦いたくない、傷付けたくない、傷付きたくない、そう思うことはいけない事なのだろうか。争いのない日々を願うことを咎められるのだろうか。
この着物を脱がない限り、この狭い世界に閉じ込められて一生を終えていくのだろうか。


「そんなの、いやだ」


気付けば、部屋から足を踏み出していた。人の目を盗み、細身を生かして隙間を潜り、抜け道まで駆けていく。城に背を向けて息を切らし遠ざかり、足を止めた頃には草木が覆い茂る中まで来ていた。抜け出したのがばれたら、今後何をしても厳しく見張られるだろう。それでも、後悔は無かった。地に足をつき、真上を見れば空を拝められ、澄んだ空気をお腹一杯に味わえる。

切れた息が整いはじめ、暴れる心の臓も大人しくなっていく。側にあった石に腰を掛けた時だった。背後からカサカサと音が聞こえ、息を詰まらせる。まさかもう、誰かが追ってきたのだろうか。胸元を押さえながら、恐る恐る振り返る。


「おねえちゃん、だれ?」


そこに居たのは予想と違う、自分よりも小さく、そして可愛らしい女の子だった。
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