名前が目を覚まして一番に見たのは、染みだらけの板張りの天井と自分の顔を覗き込む年老いた夫婦の顔だった。虚ろな瞳と心配に色を染める瞳とが合うと、老夫婦は小さく息を吐いて安堵した。
「気分は、どうだい?」
心地よい声色、前髪を掻き分け額を撫でる指の背、目の前に映る微笑み。
体を包む少し重い布団の匂いに、足先から、指先から、じわりじわり熱が込み上げて、意味もなく泣きたくなってしまう。
「──わから、ない」
どうして自分が寝ているのか。
どうして知らない人が自分の心配をしているのか。
どうして声に、撫でる指に、見つめる瞳に安心するのか。
どうして、こんなにも悲しいのか。
目尻からこめかみへ伝うものを拭う手は、温かかった。
一段と青い空。容赦なく照り付ける太陽。柔らかく吹き抜ける風が流れる汗を冷やしていく。
肩に掛けた解れつつある手拭いで目元を拭う。零れた溜め息は疲れを帯びていた。
「そろそろ、休憩しようかね」
「うん」
畑の土から足を引き、着物が汚れるのも構わず腰を下ろす。同じく横に座り込んだ老翁(おじ)に水の入った竹筒を手渡すと、目尻を下げ目を細めた。
「今日は暑いのォ」
「本当、干上がっちゃいそう」
腕捲りし露になった肌は赤みを帯びて、見ている方が痛くなってしまう。そっとその肌に触れると、熱さを帯びるそこはヒリヒリと、火傷してしまったみたいだ。
元々名前は焼け難い体質らしく、こうなったら皮が剥けるまで待たなくてはならない。
その肌を見た老翁は「後で冷やそう」と竹筒を名前の手に戻した。
「そういえば名前は、海を見たことが無いと言っていたね」
「うんっ!海って青空のように青くて、とってもしょっぱいんでしょう?」
「そうだね。──そうだ、今度婆さんも連れて三人で海に行こうか」
「…いいの?でも、畑が…」
「なあに、一日ぐらいは心配いらない。そのかわり、帰ってきたらいっぱい働いてもらうよ」
嬉しくて、竹筒を持つ手に力が入る。
話でしか知らない海の青に想いを馳せる。
高鳴る鼓動は収まらなかった。