帰ってきた元親達の為、元親達が釣ってきた魚を使い豪勢な御馳走を作る。生け簀に入れられていた魚は鮮度が良く「腕がなるわ」と捌く姿に、名前は横で眺めながら感心する。前まで海を見たことが無かった名前は干物しか知らなかった。生で食べれるのかと疑ったが、一切れ食べた時の感動は忘れられない。

陽が落ち辺りが暗くなった頃、灯火が灯る大部屋は既にお祭り騒ぎになっていた。出来上がった料理を運びながらあちこちに転がる徳利を回収する。なるべく元親に近寄らないよう離れた場所で黙々と作業を続けた。


「名前ちゃーん」


名前を呼ばれドキリと心の臓が跳ねる。横を見ると、顔を赤く染めた可之助達がお猪口片手にこちらを見ている。
それが何を意味しているのか気付いた名前はクスリと笑うと、まだ酒が入った徳利を持ち一人一人に注いだ。


「あーうめぇ!」

「やっぱ女子に注いでもらう酒は一味違うなぁ」

「もう一杯!」

「はい、どうぞ」


出来上がりつつある兵士達の盛り上がりようと言ったら。今直ぐにでも踊りだしそうな程である。
楽しそうな皆に、やっといつもの岡豊城の姿が帰ってきたと実感する。他の女中は「また煩くなる」と言っていたが本心は名前と同じ気持ちなのだろう。見渡すと満更でもなさそうに会話している。

俺にも注いで!と猪口を差し出す兵士に、徳利を傾けようとした。が、寸での所で後ろから伸びた手に奪われてしまう。振り返ると、あの時共に着物整理した女中がニヤニヤと笑みを浮かべていた。


「名前ちゃん、ご指名だよー」


女中が指を差した方を見て、固まってしまった。
数々の家臣と並び酒を飲んでいた元親が、名前をじっと見ている。
あまり傍に行きたくない本音だが、呼ばれたのなら行かなければならない。
重い腰を上げ、床を滑るように歩く。「失礼します」体を向けて隣に腰を降ろした。


「注いでくれ」

「は、い」


差し出されたお猪口に注いでいく。徳利を傾けた手は震え、こぼれ落ちそうになるのを抑えながら、ゆっくりと離した。
元親はそれを煽るように口にすると、杯に落していた視線を上げた。


「名前に酌してもらうのは初めてだな」

「そう、ですね」

「うめぇ」


そう言って目を細める元親に、名前は曖昧に笑ってみせた。勘の良い元親に悟られたくなくて、ごまかすようにもう一度注ぐ。他の人より酒が強いらしく、名前の持つ徳利が空いても顔を赤く染めることはなかった。


「本当に、俺が居ねぇ間、何もなかったか?」


唐突に問われ、一瞬肩を震わせる。
何もなかった訳じゃない。本当は言わなくてはならないことがある。
でも、そう思えば思うほどに、元親に対しての疑問や不信があらわになりそうだった。


「いつもと、変わりませんでしたよ」

「…そうか。なら、良いんだ」


名前と元親の間に、沈黙が駆け抜ける。周りで騒ぐ皆の空間と切り離されたように。

此処だけ空気がどんよりしているようで。
宴の席で何と無礼なことをしてしまったんだと、名前が慌てて話題を振ろうと口を開きかけた。


「あ…」

「今夜」


言いかけた言葉に重なるようにして放たれた声に、名前は思わず口を噤む。


「今夜、話せねぇか」


名前を見る元親の片目は、先程と打って変わって真剣そのもので。二人きりで話したいと、断ることは許されないほど強い眼差しに、頷くことしか出来なかった。
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