「やっぱり誰も名前ちゃんに言ってなかったのねぇ」


いつの間にか片付けなど放り投げ、円を作るように座り込んでいた。

未だ信じられなく呆けている名前に、暴露した女中二人が申し訳なさそうにして謝る。と言ってもそれは声だけで、顔は「してやったり」というように良い表情をしているのだが。


「ほんっとうに、あんたらは…」

「何の為に今まで黙ってたか、分かったもんじゃないよ」

「いいじゃないですか、いつかはバレることですし!」


楽しそうに話す皆を横目に、握ったままの華やかな着物に視線を落とす。確かにこの着物は元親の戦装束の色合いと同じだけれど、女性用にあしらったそれは見れば見るほど元親とは程遠いものに見えた。
密かに、頭の中でこれを着ている幼い元親を想像してみる。しかし今の元親が女物を身につけている所しか浮かんでこず、はっとして頭を左右に振った。


「でも…懐かしいねぇ」

「あら、そう?今じゃ面影は残ってないけど、中身は昔から変わらないよ」


その頃を思い出しているのだろう、眼差しはまるで母のように温かい。


「人を傷付けたくないと、武器を取ることを拒絶してね。それが原因で、本当なら元服しても良い歳も過ぎてしまったんだ」

「周りは諦めてたんだけど、国親様は『弥三郎を信じる』って言ってたんだよ。それから暫く経った後に、元親様自ら戦場に出ると言い出したのさ」


古い女中の話しに、若い女中が「へぇ」と関心するような声を上げて聴き入る。

そんな女中達の横で、名前は先程の話しを思い出した。





聞いたことのある、弥三郎という名。どこか遠くにある、懐かしくて温かい言葉。

ずっと、ずっと探していた、彼の方の名。


「…弥三郎、ちゃん」


呟いた途端、夢の中に出て来た女の子の顔が鮮明に思い出される。
両目に掛かる、長い銀髪。女子のような華奢な体つきの割に長身。上品で大人しく、物語りの中から出て来たような子。

面影は残らずとも変わらない、心の優しい───







「…名前ちゃん?」


呼び掛けられ、はっとして視線を移す。自分の顔を覗き込んでくるように窺う多くの目に、名前は頭が取れるのではないかと思うぐらい勢い良く首を振った。


「なっ、何でもないんですっ!私、他の仕事思い出したから、行きますっ!」


名前を呼ぶ声も聞こえないふりをして、慌てて部屋を飛び出していく。
回廊を音を立て走り、足の裏が汚れるのも気にせず庭に降り立つ。誰の気配もない蔵の壁に手を付けると、切れた息を整えるように背中を預けた。

ズルズルと、座り込んで膝を抱える。片手を帯の中に入れると布の袋を取り出した。中身を手の平に乗せ、じっと見つめる。



いつか返そうと思って、ずっと持っていたもの。同じ場所を知り同じ物を持つことにずっと疑問を持っていたが、ようやく繋がった。


「弥三郎ちゃん…」


いつも遊んでいた、姉のような存在。ずっと一緒にいれると思っていた、あの頃。



「またあおうね!」



確かに頷いてくれた思い出の中の彼は、その後、一度も姿を現すことは無かった。
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