元親達が城を離れ数日が経とうとしていた。その間の残った兵士の士気の低さといったら、あの賑やかな日がまるで夢だったのではないかと思う。
名前は相も変わらず女中として忙しい日々を過ごしていた。出払った者達の分まで仕事を熟さなければならない為、あちこちに走り周り筋肉痛になった程だ。
でも、動いている間は、寂しさを紛らわせられる。いつも自分を呼んでくれた声が一つ無くなるだけで、心にポッカリと穴があいたような感覚を、その時だけは忘れる事が出来る。

今日も頑張るぞ!と一人気合いを入れる。回廊を歩いていると開いたままの障子戸から一人の壮年女中がひょこりと顔を出してきた。


「あら、丁度良いところに来たわ。ちょっと手伝ってくれないかしら」

「何をですか?」


入るよう促され、部屋の中を覗き込む。広い部屋に置かれたそれは綺麗な反物や小物に埋め尽くされており、中に居た数名の女中達がそれを片付けている。
目を丸くしてその光景を見ている名前に声を掛けてきた女中が困ったような表情を浮かべた。


「ほら、近くに石谷の方がいらっしゃるじゃない。その為に掃除してたんだけど、ついでに要らなくなった物も整理しようと思って」

「そう、でしたか」

「あっ名前ちゃん、こっち手伝ってー!」

「は、はい!」


若い女中の所へ駆け寄り、隣に座る。
畳の上に置かれた反物を一つ手に取ると、柄の美しさや肌触りの良さに思わず指を滑らせた。


「これはどなたのですか?」

「元親様のお父様、国親様の奥方のよ。飾っておいたままだったからそろそろ仕舞おうかなって」

「そうなんですか。…これは、男物ですね」

「あ、それは元親様が昔、お召しになっていたものよ」

「元親様が?」


女中は名前の手から着物を取ると、立ち上がってばさりと広げて見せる。今の元親が着ているものよりも一回りほど小さいが、それでも名前にしてみれば大きかった。


「これは使えないわね。捨てましょうか」

「えっ!」

「なぁに名前ちゃん、欲しいならあげるわよ。寂しい夜にでも、これ抱いて寝れば良いかもしれないわね」

「え、な、なに言ってるんですか…!!」


その言葉にしどろもどろになりながら、投げ捨てられた着物を受け取る。もう随分と着られていないはずなのに元親の匂いが香る気がして、首から顔に掛けて真っ赤になっていくのが分かった。

それをごまかすように、その着物を隅に置いて再び作業を開始する。手当たり次第に分けていく。と、一つの小さな着物が目に入った。
手に取り、広げてみる。桃と紫の女物の小さなそれはどこかで見たことがある気がした。


「これは…」

「ん?…あぁそれ、子供の頃の物ね。まだ取ってたんだ」

「…元親様、姉か妹がいらしたんですか?」


もし居るのなら、もう既にどこかへ嫁いでいるのだろうか。とても綺麗な方に違いない、と考える名前に女中は笑みをこぼした。


「それね、元親様のよ」


一瞬、何を言われているか分からなかった。
言葉を失い、固まって動けないでいる名前にさらに追い打ちを掛けるように、小物を整理していた女中が話しに割り込んでくる。


「元親様ね、元服する前は女の子のような格好をしていたのよ」

「…え、え?」

「そうそう。しかも、今じゃ考えられないくらい細くて、性格も気弱だったらしいわ」

「それで、ついた名前が『姫若子』!」

「…嘘、ですよ、ね…?」


からかっているに違いないと、国親の代から働く女中に恐る恐る尋ねる。
否定の言葉を待っている名前を見ながら何も言わずにただ笑うその顔。

それが肯定していると理解すると、名前は城中に響く程の叫び声を上げたのだった。
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