珍しく慌ただしい城内。もちろん名前とて例外ではなく、あっちにこっちに何度往復したか分からない。

元親が名前に言った通り、しばらく外に出ていくようで、久々のことに皆慌ただしく準備をしている。女人禁制に近い船旅に欠かせない食料や着替えなど様々なものが詰め込まれ、準備が出来次第、出発するそうだ。
そう嬉しそうに話す兵士達に、名前は曖昧に笑みを返す。居なくなれば、あんなにも賑やかな此処は打って変わって静かになるのだろう。そう思っただけで寂しくて仕方がない。


「名前」


不意に名を呼ばれ振り返る。肩に鸚鵡を乗せてこちらを見る元親と目が合い、にこりと微笑み掛けられた。



元親に恋をしているんだと自覚してから初めて顔を合わせる為か、いつもなら笑い返せるのにそれが出来ない。不自然になぬように目を逸らしたは良いが、近寄るのを躊躇ってしまう。

そんな名前の心境など知るよしもない兵士は「アニキがお呼びだ!」と小さく縮こまる背中を軽く押す。踏ん張っていなかった足はよろけ、地面に崩れ落ちそうになった。


「おいおい、名前は野郎とは違ェんだ。怪我でもしたらどうする」

「す、すいやせん! いつものノリでつい…」


ふわりと肩を掴む大きな手。倒れる寸前で支えてくれたらしいが、あまりの近さに名前は頭上で飛び交う言葉も耳に入らぬほど動揺した。


「あ、あああああの…っ!」

「ん?」


慌てて声を掛けると、覗き込んでくる綺麗な顔。それでも離れることはない手のせいで、いつもより近い位置に顔がある。
火が出そうなほど熱い顔で、さ迷わせた視線を、眼帯に覆われていない右目に合わす。
瞬間、元親はぴくりと表情を固まらせる。互いに動かず見つめ合うようになり、名前の限界が超える直前、元親ははっとして肩を支えていた手を離した。


「あー…」


右手で頭を掻きむしった後、少しだけ顔を背ける。手を口に添え一つ咳ばらいすると、またいつもの笑みに戻った。


「準備も出来たし、そろそろ出るつもりなんだが……見送り、してくれねぇか?」


どこか緊張した面持ちで告げる元親に名前は一瞬目を張り、そして目元を緩ませた。
見送りは元々するつもりだったが、してほしいと頼まれたら嬉しくない訳はない。なにより、それが恋慕う人からの願いならば尚更。


「…もちろん。元よりそのつもりです」


その返事に嬉しそうに笑う元親に、紅潮したままの頬を綻ばせた。



* * * * * *



海の上の遠くで浮かぶ船は見たことが何度かあるが、間近で見たのは初めてだった。どのように造ったのか不思議なほど巨大で立派な船には上に大きな大砲がついている。

これならば簡単には転覆しないだろう。
安心して息を吐く名前は城に残る部下に囲まれている元親に目を向ける。何を話しているか聞こえないが、楽しそうに笑っている横顔に名前までもつられて笑みを浮かべた。

ふと、元親の顔が名前に向けられる。囲む部下に一つ声を掛けると、大股で名前に歩み寄ってきた。


「しばらく離れるが、半月もすりゃ戻るから」

「はい」

「何かありゃ無理しねぇで、周りを頼れよ」

「はい、分かりました」


大きな手が名前の頭に乗る。
くしゃりと撫でられたと同時に船の上から「準備出来ました!」と可之助の声がした。
元親はそれに返事をすると、もう一度名前の髪を整えるように撫でた。その手はゆっくりと離れ、物入れに突っ込まれる。


「じゃあ、行ってくる」


くるりと背を向けて歩いていく元親の姿を一心に見つめる。



頭に残る温もり。
自分から離れていく背中。
向けられる微笑み。



「行ってくるな、名前」



自分の元を去る、父の面影と重なった。





「…どうした?」


直ぐ傍からする声に、はっとして顔を上げる。背を向けて去ってしまったと思っていた元親が居た。恐る恐る視線を下に下げると、元親の服を、自分の右手がしっかりと掴んでいた。


「あ…」


思い出した父の背と元親が重なり、無意識に引き止めていたらしい。
手を離したいのに、それに反して握る力は強くなる。何て言えば良いか分からず口を閉じていると、それに気付いたのか、元親は口端を上げ笑う。
そして、服を掴む名前の右手にそっと自身の右手を重ねた。


「ちゃんと帰ってくっから。良い子で待ってろよ」


解かれた手が、宙をさ迷う。
今度こそ離れていく大きな背中に息が苦しくなる。



出航し、陸から遠ざかる船が水平線へ消えるまで見つめる。触れた右手を胸に抱えて、どうか無事に帰ってきてほしいと心から願った。
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