茶と茶請けの準備をしていると、先ほどの若い女中達が案の定、叱られているのが目に入った。しかし、あまり厳しく叱っていないのを見るとどうやら仕方ないと諦めているらしい。ずっと見つめていると、一緒に準備してくれている古株女中が「前田の息子が来るといつものことだ」と笑っている。納得しながら、三つ湯呑みに茶を酌んだ。


「でも、どうして三つなんでしょう。他に誰かいらっしゃるんですかね?」

「いいや、そうじゃないと思うよ」


何か気付いたらしい笑みを浮かべる彼女に、どうしてかと聞いても答えてくれない。手際良く準備された物を無理矢理持たされ、送り出されたら諦めるしかない。
冷めない内に持って行かないと。お盆に乗せた茶を溢さないように早く静かにその場を去った。



* * * * * *





「元親様、名前にございます。お茶をお持ちしました」

「おお、入ってくれ」


失礼しますと声を掛け障子戸を開ける。まるで待っていました!と言わんばかりの二人の表情に緊張した面持ちで中に入る。温かな茶を手渡し、早く立ち去ろうと御盆を胸に抱えた。


「それでは、失礼しました」

「あっ、どこ行くんだよ」


身を翻そうとした時、元親が焦ったように素早く名前の手首を掴んだ。まさかこれ以上引き止められると思わなかった名前はビクリと肩を震わす。大袈裟すぎるほどの反応に、引き止めた本人も見守っていた慶次も声を出して笑った。


「そんなに怯えんな。別に取って食う訳じゃねぇんだからよ」

「そうそう! 俺、もっと名前ちゃんとお話ししたいんだ」

「で、でも私、お仕事が…」

「俺が後で言っておくから気にすんな」

「あうっ…」

「ほら、茶ゃあでも飲んで落ち着きな!」


慶次に渡された茶を反射的に受け取る。
もしや、最初からこの為に三つ用意させたのか。そうならば、断る訳にはいかない。
後で怒られるのも覚悟し細く息を吐くと、口を付けて一口含む。温すぎず熱すぎず、薄すぎず濃すぎずな味に、忙しく動いていた心臓も、緊張に強ばる身体もスッと元に戻っていった。


「…ところで、その様子だとどうやら仲直り出来たみたいだな」


唐突に口にした慶次に、昨日の事を鮮明に思い出す。途端、恥ずかしさから首元まで真っ赤に染めて頭を下げた。


「き、昨日は本当にありがとうございました…!」

「名前ちゃんのお役に立てたなら何よりだよ!」

「何が“お役に”だよ。おめぇのせいで余計に拗れたっつーの」


元親の嫌味も華麗に避ける慶次に、名前は尊敬の眼差しを送る。それが面白くなかったのか、太股を叩き「この話は終いだ!」と叫び茶請けの饅頭を一口で頬張った。

慶次が元親をからかい、元親はそれに多少ムキになりながらも楽しそうに話す。いつもは余裕のある大人の表情と言動をする元親とは違い、子供のような無邪気で楽しそうな笑顔に名前まで顔が綻んでいく。友人と話すとき彼はこんな顔をするんだと、新しい一面を見れたようで、喜びに胸が高鳴った。


「しばらく航海しないならさ、久しぶりにこっちにも遊びに来なよ!」

「バーカ。俺ァこれでも一国の当主よ。お前みてぇに無闇に他所になんか出られるか」

「ええー…! あ、じゃあ名前ちゃん連れて行こうかなぁ」

「ダメに決まってんだろうがっ!」

「いいじゃん!ちゃんと送り届けるしさ。なっ名前ちゃん?」


二人を会話の外から見守っていた名前は、突如話題を振られて目を見開く。何に同意を求められたか分からないままとりあえず頷けば、元親が笑って額をぺしりと叩いた。


「ちゃんと聞いてなかったろ」

「すっすいません…! あの、何の話を…」

「京に来ないかって話さ。近々大きな祭りがあるんだ」

「京のお祭り…神輿ですか?」

「そうそう、皆で担いで町を歩くんだ! もしかして、来たことある?」

「行ったことはないんですけど、良く父が母と私に土産話で聞かせてくれていて」


嬉しそうに話す慶次に名前も益々笑みを溢す。この人の笑った顔は他人も笑顔にするんだと微笑ましく思いながら何気なく元親に目をやると、先ほどまでの楽しそうな表情は何処へやら。元親は名前を目を張りジッと見つめていた。
どうしたのかと首をかしげるより前に両肩を掴まれ、身体が跳ねる。突然の行動に困惑しながらも名前を呼べば、元親は静かに口を開いた。


「お前、思い出したのか」

「え? 何を…」

「だって今、父と母がなんとかって…」


はっと、気付いた。
無意識の内に、父と母と言っていた。父が話す話題に母と一緒に楽しそうに聞く自分を、無意識にだが思い出していた。

途端に、胃のものが逆流してくるかのように気持ち悪くなっていく。頭がズキズキと痛み出し、まるであの日のような急激な体調不良に口元を抑えうずくまった。


「う…っ」

「名前ちゃん、どうしたんだ? 元親、思い出したって一体…」

「悪ィ慶次、後にしてくれ」


元親は名前を横抱きに抱え、はしたなくも足で障子戸を開けてなるべく振動を送らないように早足に廊下を駆ける。
名前はというと、心配そうに見つめてくる慶次に声を掛けることも出来ず、抱き抱えられることに恥ずかしく思う間もないほど頭の中がぐちゃぐちゃになって何も考えられなくなった。

吐き気と頭痛に耐えるように強く目を閉じる。知らない筈の父と母の顔が、瞼の裏に見えた気がした。
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