突然倒れたと聞かされていた女中達には大丈夫かと、兵士達には無理するなと言われる。あの日一緒に洗濯していた人達には、俺達のせいだと頭を下げられる。違うから心配ないと言えば、優しいなぁと泣かれる始末だ。
今日は休めと言われ断ることが出来ず、言葉に甘えた。寝てしまおうかと思ったが、城の中にいれば何かしなくてはいけない気になるし、なにより元親に会うことのある城には居たくなかった。



しばらく来ていなかった、仮の老夫婦達の墓の前。枯れてそのままだと思っていたものはなく、あの時と変わらず綺麗に咲き誇っていた。
元親が代えてくれたのだろう。小川に咲くあの花だった。少し花弁が散っているが、美しさは変わらない。

名前はその前にしゃがみ、貰った菓子を添える。両手を合わせて目を閉じると、波と風、鳥の声だけしかしない。まるでここだけが世界から切り離されてしまったかのように穏やかだった。


「おじいちゃん、おばあちゃん。名前が此処へ来て、もう二月以上です。この通り…皆が良くしてくれて、名前は元気だよ」


向こうはどうですか。苦労もせずのんびりと過ごしているのでしょうか。
そんな思いを込めながら錘の石を撫でていく。そうして昨夜のことを思い出し、静かに手の動きを止めた。


「…昨夜は、元親様に無礼を働きました。ただ少し問うつもりだったのに、泣き付いて、あんな…」


問いただしたときの元親は、困ったような、何かを必死で耐えるような、そんな顔をしていた。あんな顔をさせるつもりはなかったのに。涙を拭ってくれたときに見せた表情は、眠りに落ちる直前だったが鮮明に覚えている。


「…私、帰ったら謝ります。会うの嫌だけど、頑張ります。
だからもう少しだけ…ここに居させて」


返事の代わりに吹いた風が、菓子を包む紙をカサカサと音立てている。
膝を抱えて座り、広い海を見下ろす。太陽に当たりキラキラと光る水面が、眩しくて仕方なかった。



* * * * * *



元親の私室は崖側の、少し離れた場所にある。そこには一度だけ行ったことがあるが、ちらりと見えた一面に広がる海原は絶景だった。
名前は一人、元親の私室へ繋がる道でうろうろしていた。他の者がいれば、怪しさ満点すぎるその姿に引いてしまうこと間違いない。名前だって別に変質者として見られたくはないが、いまいち元親の所へ行くのに決心がつかなかった。


「駄目…こんなことじゃ、いつまでたっても謝れない…!」


しゃがみ込み、頭を抱える。髪が乱れるのも気にせず掻きむしり、大きく息を吐いた。


「…どうしたんだい?」

「えっ…?」


ゆっくりと振り返る。足下から徐々に上に視線を上げていくと、目についたのは派手な黄色に赤い帯。上に束ねた長い髪に、簪のように刺さる羽根。流れるように下がる前髪が掛かる顔は優しげでである。
普通の女子ならば、彼の顔を前にして頬を赤く染めて見惚れてしまうだろう。だが、今の名前は顔の良し悪しを判断するより、自分の変な行動を見られたことに顔を真っ赤に染めた。


「具合悪いの?なんなら誰かを呼ぼうか…」

「いっいいいいえ!!お、お気になさらず…!!」


失態に耐えきれず、返事の勢いのままにその場を立ち去ろうと立ち上がる。だが、慌てて起こした身はぐらりと揺れ後ろへ傾いた。
倒れる!とぎゅっと反射的に目を瞑ったが、一向に倒れず。代わりに腰と肩に何かが絡みついた。


「おっとあぶねぇ!大丈夫か?」

「は、はい…」


近くなった距離に、支えられたのだと理解する。離してもらおうと逞しい腕に手を添えたと同時に、身体がふわりと宙に浮いた。


「うあっ…!」


そこからは、何も出来ずされるがまま。身体を引き寄せられ、数歩歩いた先の縁側に、庭に足を投げ出すように座らされる。地に足がついたことにホッと安心したのも束の間、横にドサリと座り込む音に身を縮こませた。


「嬢ちゃん、見る限りここの女中だろ?この先は元親の部屋しかない筈だけど」

「…元親様に、お伝えしたいことがありまして…」

「それにしちゃあ、廊下を行ったり来たりしてたけど…。…あ!もしかして、告白でもしに行くのかい?」

「こっ…!?」


にこにこと問われるものだから、恋沙汰を尋ねられていると気付かない筈はない。ぼんっと音が鳴りそうなほど顔を赤くし、頭の上から蒸気が見える、気がする。「違います!!」と否定するが笑っている所を見ると信じていないらしい。これ以上言っても無駄だと僅かに項垂れた。
ふと、先ほどの出会い頭と会話を思い出した。この城じゃ見たこともない格好で、目の前の男は元親の私室がある方から姿を現した。極めつけ、殿方である元親のことを迷いもなく呼び捨てていた。

もしかしなくとも、偉い方なのではないのか。
ギギギと効果音が付きそうなほど不自然に首を横に向ける。いまだにこにこと笑っている男がこちらを見ていた。


「あ、の…すみません。お名前を伺っても宜しいでしょうか…?」

「あれ、俺のこと知らない?おっかしいなぁ、結構此処には来るんだけど」

「わ、私、二月ほど前に入ったばかり、でして…」


やっぱり偉い人なんだ…!と内心で焦る名前に気付く筈もなく、そうだったら知らないよなぁなんて男は暢気に呟いた。


「俺は前田慶次。よろしくな、お嬢ちゃん!」


人好きするような男の笑顔に、元親の笑みが重なった。
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