仕事を一通り終えた名前の日課は、女中仲間や兵士達とたわいもない会話をすることだ。元々人見知りする性格なので話すのは躊躇ったが、今では良い情報収集の場になっている。
例えば、海を挟んで向こう側、中国を統べる安芸の毛利元就。彼は大層名の知れた大名で、策略で自軍を勝利に導く策略家らしい。しかし、その為なら自身の部下を捨て駒として粗略に扱うらしく、部下を大切にする元親とは馬が合わなかった。ここ最近に同盟を組んだようだが、その関係は変わらない。


「でもとっても綺麗な人なのよねぇ…あの遠くを見据える鋭い眼差し…。溜め息が出るわ」

「でも女のような細い身体より、元親様みたいに逞しい方が素敵よ。やっぱり男は頼りになるような人じゃないと!」

「あら、それを言うなら元親様だって昔、」

「だめよアンタ!それは禁句よ!」


どちらがどうと言い争う姿は、まるで恋する乙女のようで。何が禁句なのか分からないが、なんとなく微笑ましく思い笑ってしまった。


「名前ちゃんはどうなの?」

「え、何がですか?」

「元親様よ!お互いに歳が近いでしょう?少しでも気持ちがいっちゃうんじゃない?」


確かに、元親の方が年上だが、この城で言えば二人の年齢は近い。容姿だけに留まらず、ああして一人の為に時間をさいてくれ、触れてくれる寛容な心にドキドキさせられたことも少なくない。
だけれど、名前はそれが恋か何かなど理解出来なかった。なんせ恋がどうゆうものなのかも覚えていないのだから。


「…私は元親様を、当主として素晴らしい方だと思います」


そうなのー?と探ってくる女中達にはい、とだけ返事をし、その場はお開きになった。
名前は胸元に手を添えると、その小さな手で着物をキュッと握り締めた。



* * * * * *



上空を見上げると、それは鮮やかな金糸雀色をした鳥が頭に赤い布を巻いたまま飛んでいた。初めて見るそれに目を奪われ追っていく。


(あっ…)


角を曲がって直ぐに見える、釣瓶井戸の前に、頭から水を被る元親が居た。髪を無造作に拭き、傍に置いていた布の眼帯を付ける一連の動作は、どこか妖艶でドクリと心の臓が脈を打つ。
固まったように足が動かず立ち尽くしていると、先程見た鳥が元親の肩に舞い降りてきた。元親の飼っている動物なのだろうか。バサバサと羽根を動かす姿はじゃれているように見える。


「おう、お前。昨日から何処に行ってやがったんだ?」

「モトチカ!キタ!!キマチタ!」

「おいおい、答えになってねぇぞ」

「キタ!ナマエ、キマチタ!」

「ぁあ?名前?」


再び鳥が舞い上がると、名前を目がけて緩やかに飛んでくる。目を見張り口を一文字に閉じる名前と、その頭上をくるくると飛び回るそれを視界に捉え、元親は人好きのするような笑顔を浮かべた。


「なんだぁ、覗き見なんて悪趣味じゃねーか」

「すっすみません!珍しい鳥が居たものだから、つい追い掛けてしまって…」

「そいつか?鸚鵡なんだが、普通の鳥と違って、人の言葉を真似るらしい」

「言葉を…」


未だに「ナマエ!ナマエ!」と叫ぶ鸚鵡に笑みを溢す。やがて気がすんだのか、屋根を飛び越えどこかへ消えてしまった。


「良いんですか?何処かへ行ってしまわれたようですが…」

「心配ねェ。腹が減ったら戻ってくるさ」


乱れた銀の髪を掻き上げ、肩に手拭いを掛ける。庭の砂利を鳴らし、名前に寄りながら片手を袴の物入れに突っ込んだ。


「どうだ、慣れたか」

「はい。元親様のように心優しい御方に遣える方々ですから。皆さん、とても良くしてくれて」

「…そりゃ、良かった」


普段掛けられることのない言葉に照れたのか、ほんのり頬を染め顔を逸らして項を掻く。しかし名前は思ったことを口にしたまでで、少し素っ気なくなった元親に何かしたのかと泣きそうな表情を浮かべる。
ちらりと目だけを名前に向けた元親は誤魔化すように咳払いすると、またいつものようにニッと口に弧を描いた。


「そんな顔すんな。ほら、これやっから」


物入れから出した手を名前の顔の前に差し出す。恐る恐るそれを受け取り、元親とそれを交互に見比べた。


「これは…?」

「アンタの大事な宝物、これに入れときな。あんなボロボロの袋じゃ、無くしちまうだろう?」

「そんな…でも、こんな高価なもの…」


肌触りが良く丈夫な紫の生地に、金と桃色の糸で刺繍された花柄。思わず溜め息が溢れるほど美しい。
だけれど、それは物の目利きに疎い名前から見ても、一女中が持っても良いほどの代物ではない。


「物は使われてなんぼってもんよ。それとも、俺からのは受け取れねェか?」


意地悪く笑む口元に、目に、断れる筈がない。
小さく頷き、礼を述べる名前の頭をくしゃりと撫でる。


「そういやァよ、名前は城下に行ったことあるか?」

「い、いえ。まだ一度も…」

「なら連れてってやっから、三日後の正午、空けときな」

「…は?えっ!?」

「じゃあな、忘れんなよ」


名前の言葉も待たず早足に去っていく元親に、伸ばし掛けた手が行き場を失いさ迷う。
遠くで、あの鸚鵡の鳴き声が聞こえた気がした。
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