少しだけ遠い昔。 寡黙だけれども優しくて、植物が好きで、頭のよかった幼なじみの彼と幼い頃、二人して手を汚し小さな苗木を植えた。桜は小さいながらも徐々に成長し、10年ほどたった今では背丈を少しだけ越して、毎年花を綺麗に咲かせている。 伊作は日頃忍術学園にいるため、基本的に桜の世話を、家業である薬師を目指している彼に任せてしまっているのだが、毎年決まって花が咲いた頃には彼が手紙を出してくれるのだ。 きっと今年も、美しい桜が見られることだろう。 「伊作ー、届け物おいとくぞー」 ゴリゴリと臼で調合をしていた伊作に同室の留三郎が声をかけてくれ、一先ず手を休めて届け物とやらを見てみる。そういえば、もう春も中盤だ。それなのに、未だ彼から便りはこない。小さな嫌な予感が全身に走りながら卓上の届け物を見つめる。不規則な形に、ぐるぐるとまかれた紙面。どくり、と心臓の音がやけに煩い。包まれたそれをゆっくりと外していくと、花が一枚、二枚、はらはらと落ちていく。 「さく、ら?」 中には一本のか細くも美しい、桜の枝だった。どくり、再度心臓が強く鳴る。その桜にはなんだか見覚えがあった。嘘だ、という感情が伊作の脳内を埋め尽くす。「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」その言葉を教えてくれたのは彼だったというのに。桜は切るとすぐ弱って枯れてしまうのだ。枝から腐り、死んでいく。だから、彼が枝を切るはずがない。伊作にはそれがわかっていた。では、なぜ?疑問は枝を包んでいた紙面によって解消された。 ――――――桜が枯れたら俺を忘れてください。 それから、数文、書かれた拙い便りに、早鐘のように伊作の鼓動は脈打っていく。忘れるなんて、そんなことできるわけないだろうに。それも、桜が枯れたらなんて。きっと桜は一月もたたずに枯れてしまうのに。 「俺が死ぬときは思い出なんて残したくねぇな」 戦禍をしり母を無くし、人一倍残されていく人の辛さを重んじた彼がいつか言っていた言葉が蘇り、虚ろいだ。そうだ、思い出なんて残さない。彼が死ぬとしたら、一緒に埋めた桜など、思い出と共に捨てていく。さよならの代わりに、何もかもを壊して消して、そして1人で死んでいく。何も伊作には言わずに、死んでいくのだ。 それからのことは、伊作は上手く思い出せない。ひたすらに彼の名を呼び、早馬に乗って故郷へと駆け出した。久々にあった両親とそれから彼の父は一様に伊作を気遣った。なにがあったのかを言うことを躊躇い、一先ず落ち着くことを促された。だけど、それすら振り払い、彼を探す。姿を見せない彼を探す。だけどいないから、桜の方へと走っていく。 本音で言うと見たくなど、なかった。 「、……」 彼の名を呼ぼうとして上手く呼べずに、桜の根元へ倒れこむ。枯れた桜。幹に書かれた彼の名前。掘り返され、埋められたようなあとの残る足下の地面。何度見上げても花も葉も付かず死んだ桜。それから、死んだのであろう彼。 品種としてはヤマザクラ。花言葉はあなたにほほえむ。彼から聞いた知識が伊作の心を締め付ける。もう、二度と彼にほほえんでは貰えないのだ。 ――――――桜が枯れたら俺を忘れてください。きっと、伊作なら大丈夫。強く生きてください。重荷にならぬよう俺を忘れてください。 どうか、どうか、幸せになってください。 枯れた花 (愛の言葉も、別れの言葉も上手く言えない、) |