好きな花はなんですか?
そう聞かれたら、私はすぐに「秋桜」と答えるだろう。花言葉は「乙女の真心、乙女の純情」。いくつになっても乙女としての心を忘れない私にピッタリだ、そう胸を張って言うと彼は馬鹿にするように鼻で笑った。「どの口がそんな事言ってるの?」とでも言っているように。

「烏哭の好きな花は?」
「んー興味無いねぇ。あぁ、敢えて言うなら”オンナノコ”って花?」
「めちゃくちゃ下品!」
「そーいうの好きなくせに。」

ゆっくりと痩せ型の標準的な男性の重さを感じる。烏哭とふたりで過ごす時間に上品さなんて求めた事は無い。そこにあるのはただただ下品さと官能。初めて会った時からソレばかり。そんな中でまともな会話なんて想像もできない。まともな話をこの男ができるのかすら分からない。天気の話でも二言言葉を重ねれば、彼の重さが重なる。そんな私達に、綺麗な言葉なんて似合わない。

「気の利いた言葉なんてどうせ求めても無いんデショ。」
「あぁ、バレた?当たり前。というかそんな事言えるとすら思ってない。」
「だろうね。」

彼に”好きだ”なんて言ってしまえば、きっとこの関係はすぐにでも終わりを迎えるのだろう。”愛してるって言って”なんて血迷った言葉なら尚更。ここでは暇を持て余したふたりが、たまたま同じ場所に存在していたから一緒にいるだけ。求めることは許されないし、何か目的を持って過ごす事なんてありえないとしか言えない。そんな暗黙のルールがここにはある。
何か言ってきたら、こう答えよう。そんな例文だけは出会った時から積もり積もる。もしかしたら、に心のどこかで期待をしてる。捨て切れない、無かったことになんてできない、そんな考えが澱み溜まってしまって息が苦しい。

「あ、そうだ。」
「なに?どうかした?」
「いーこと思いついちゃった。」

珍しく嬉しそうな楽しそうな顔を一瞬浮かべて、すぐにニッコリと後ろ頭が笑いかける。数分前とは違う静まり返ったこの部屋で、じっとそのふわっとした柔らかい髪を眺め続けた。いつもぐしゃぐしゃと無作法に散っているように見える毛先がとても指通りの滑らかな綺麗な髪だと、表面上のお香や薬品の匂いとは別に彼の匂いに満ちていると、私は知っている。髪をそっと後ろへ掻きあげてやると、時折いつもより5歳ほど幼く見えるような笑顔を向けてくる事も。髪の毛の下に隠れている首筋にキスでもすれば、より強く抱きしめられる事も。たくさんの事を知っている私が、彼に愛されていない事も。

「烏哭。」

ただひとつ、声を出して呼んでみる。

「ねぇ、烏哭。」

よくある事だから、私もよく知っている。こうなった彼は、いくら呼んでもこちらを見ない。

「烏哭ー。」

床に転がってくるたくさんの何かを書き殴ったグシャグシャの紙をひとつ拾って投げてみた。もちろん、振り向かない。そして次々投げてみても、こちらを見ようとはしない。

「烏哭さーん?烏哭ー。」

手元の薄手の毛布をぎゅっと丸める。もし振り向いたら、そんな賭けを一人身勝手に始める。

「…好きよ。烏哭。」

ふわふわ浮かんだ毛布は、しっかり丸めたはずなのに彼に覆いかぶさるようにふわりと広がった。と、ほぼ同じタイミングで、ちらりと烏哭の眼鏡がこちらを見るのに気付いた。やった、そう思ったのとどちらが先だったか、首筋に冷たい感触を察知する。視界の隅に見えてくる見慣れた大きな手と薄い銀の強い光が見えた。

「何か、用?」
「…いえ、なんでも…」
「そ。」

今まで感じたことのない殺気に思わず足が竦んだ。言葉で恐ろしい言葉を発するのは幾度も聞いているけれど、一度だって怖いと思ったことはない。いつだってそれは行為の一環にすぎなかったし、彼の本心では無かったから。いや、彼の本心では無いと信じていたかったから。けれど今は、明確に彼からの敵意を感じた。首筋に触れた冷たい金属の先から痺れてゆくように、そこからじわじわと毒でも効いてきたように。

「はーあ。飽きた。」
「え?」
「帰る。じゃね。」
「…次は、いつ来るの?」
「うん。もう、無いかな。」

その言葉を聞いたと同時に、今までずっと溜め込んでいた言葉たちが溢れ出す。行かないで、離れないで。何度同じ言葉を口にしただろう。今までの反動のようにどんどん言葉が湧いてくる。彼が嫌がる言葉だと頭の奥では分かっているのに、それ以上に彼を引き止めなければいけないという気持ちに駆られた。

「どうして!?なんで!?やっぱりそうやって私の純情を踏みにじるんだ!信じてたのに!!」
「はっ…勝手に信じただけデショ?」

そうしてすぐに現実に引き戻される。そうだ、何も望んじゃいけない、想いを口にしちゃいけない。これは、そういう関係だった。私の全てを知って欲しくても、彼は私に興味を持たない。私が全てを知りたくとも、彼は一部だって見せてはくれない。そういう、恋だった。
ぎゅっと掴んだはずの彼の袖は、気が付けばひらりと私の手元を離れていた。そうしてここであんな情事があったとは思えないほど呆気なく跡形もなく、彼は私の家を去った。秋が始まった頃だった。私に対する嫌味として彼が咲かせたのではないかと思うくらい、家の前では秋桜が満開だった。




”秋桜の花言葉”
 身の程を知らなかった私



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イヴさんと競作。
twitterにてあまりにも烏哭不足がひどいので相互供給しようじゃないかという結論。だけど書き終わって気付いたのは、これ私しか得しないねって。




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