「キス、は」
千早が顔を上げた。
「したかったから」
…ずるいと思った。コロコロ表情を変える千早の、初めて見る切ない顔。学校の王子様が今にも泣きそうな顔をするなんて、女子が聞いたら駆けつけて来そうだ。
「ねえ、池田。おれ待ちきれないよ。池田は冷たいけど、ちゃんとおれと会話してくれるし逃げない。これって期待していいの?」
千早の甘ったるい声に動揺していると、千早が動いて俺を押し倒した。そのまま降ってくる突然のキスに目を剥くが、抵抗はしなかった。
「…抵抗、しないんだ」
嬉しげな千早の声。俺はため息をついて、千早の白い腕を握った。
「だってお前、抵抗したら泣くだろ」
そんなことしたら、俺は学校中の女から袋叩きに遭う。
そう言ったら、千早は笑った。
「ねえ、明日も屋上いる?」
千早の声に、俺は若干目を逸らしてぶっきらぼうに言った。
「…来れば」
千早は俺の言葉に大きく頷くと、また俺に口付けた。温かいそれは、冷たい俺の唇を溶かして、甘味を与える。
「冷たくて甘いんだね、池田は」
千早の言葉に、俺は少しだけ笑った。
終
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