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すでに仲間たちは寝ていて、スキアーの不在にすら気が付いていなさそうだ。そう思っていると、かすかに視界の隅で、何かが動いた。
「どこに行ってたんだ、スキアー」
黒髪黒目の東洋人、ドユルが、布を被ったまま、起き上がってこちらを見ていた。その顔は、暗くてよく見えない。
「…ドユル」
「戻って来ないから、心配したんだ。…何かあったのか?」
ドユルの心配そうな声に、ドキッとする。スキアーは、エヴァルトのことは誰にも言えないと思った。例えドユルでも、怒るだろう。主人に対し、無礼を働いたのだから。
「…怪我をしたから、一人で体を洗って治療していたんだ。遅くなってごめん」
そう言うと、ドユルが近くに来てスキアーの体を匂った。首筋に埋められた顔に、スキアーはくすぐったくて身を捩る。
「…水浴び? それにしては、すごくいい匂いなんだけど」
「…っ、ほ、本当は、使用人さんのシャワールームを勝手に借りたんだ。傷があまりにも痛くて、地下の水じゃ悪化しそうだったから」
そう言うと、ドユルの顔がさらに歪められて行くのが分かった。ああ、怒られる。そう思っていると、ドユルが何かを発見した。
「…傷って、これのこと?」
ドユルのごつごつとした指が、スキアーの白い頬を撫でた。そして視線を下げて手を見ると、その手を優しく取られた。
「…酷い。せっかく綺麗な手だったのに、……ベルか?」
ドユルの言葉に、スキアーは詰まった。ドユルには嘘をつけない。どんな冷静で無表情でも、スキアーはドユルの純粋な黒い目には勝てなかった。
「…ベルなんだな。あいつは、お前に対して異常過ぎる。治療したって、このガーゼは高級品じゃないか」
「…盗んできた」
咄嗟にそう言うと、ドユルは「こら」と軽くスキアーの頭を叩いた。どうやら、スキアーならやりかねないと思ったらしい。
「あまり心配かけるなよ。戻って来ないから、ヒヤヒヤしたんだ。…戻って来てくれて、良かったよ」
ドユルに優しく抱き締められて、スキアーはその体に腕を回した。スキアーよりも背の高い彼は、象牙色よりも少し濃い色の肌をしている。筋肉もあって、男らしい。そう、まるでエヴァルトのように。
「……」
スキアーは優しいドユルに嘘をついてしまったことを後悔した。
でも、今さら言えるはずもない。言えるわけもない。
エヴァルト様に介抱されて、しまいにはベッドで寝てしまったなんて。
他の使用人が聞いたら、スキアーは首を切られただけじゃ済まない。
(…エヴァルト様)
静かな夜は、穏やかに過ぎていく。
この穏やかな夜が、終わらなければいいのに。
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