W
(ローザに知られたら、終わりだ)
ローザは、ハウスキーパーの中年女性だ。彼女は他の侍女より分別のある普通の人柄だが、抜け駆けやルール違反には厳しい。異国民のドユルや元奴隷のスキアーにも分け隔てなく接するが、あまり優しいことは言わない厳格な人柄なのだ。
「あ、の……どこまで、行かれるのですか、…」
小さな声で、スキアーは腕を掴んだままズンズン進むエヴァルトに尋ねた。エヴァルトはちらりとこちらを見ると、すぐに振り返って答えた。
「俺の部屋だ。そこなら、バレない」
「なっ…!」
スキアーは驚きに目を見開いた。気がつけば屋敷の外から中に来ていて、エヴァルトの部屋はすぐそこだった。エヴァルトは無人ルートを知っていたのか、結局誰とも会わずに済んだ。
エヴァルトは部屋に入るなり、スキアーを椅子に座るよう促した。しかし、スキアーは自分でも分かるくらいに汚い。水浴びなんて週に一度程度であるし、そもそもこっちに来てからろくにシャワーを浴びたことがなかった。
戸惑っていると、エヴァルトが深いため息をついた。
「…別に気にするな。そんなことを気にしてたら、部屋になんて入れない」
エヴァルトがスキアーの薄くて細い体を優しく押して、高級な椅子に無理矢理座らせた。座ったスキアーは無表情を崩して唇を引き結び、あからさまに困っていた。
エヴァルトは改めて、いくつもの光が灯る室内でスキアーを見た。
少し汚れた金を通り越してもはや白い髪に、汚れているのにも関わらず一目で真っ白だと分かる肌色。髪が長くて顔はよく分からないが、唯一見える口もとは赤く、可憐で控えめな唇だ。体は細く、年齢はおそらくまだ14、15歳くらいだろう。暴力を受けたのか、傷だらけの体と汚れた服はみっともなく、頼りなかった。
「…手当てをしたいが、その汚れじゃ悪化するだけだ。風呂に入れ」
「それはなりません」
ぴしゃりと、スキアーが言った。頼りない容姿だが、声は案外低く強さがあった。今までは単に驚いていただけだったようだ。
「私は、下男です。貴方のようなお方の部屋に入り、あまつさえお風呂に入るなど、あり得ません」
スキアーの表情は、透き通るような白い髪のおかげで少し分かった。無表情で、力がない。
「お手当ても、十分です。私はこれまでも幾度となく怪我をして来ましたし、この程度ならすぐに治ります」
随分と見た目に似合わず強気な性格だ、とエヴァルトはいっそ感心した。おそらくこの下男は、屋敷の何者かに手酷い扱いを受けているのだろう。この国は自分と違うものを受け入れない。白い髪、白い肌のこの下男では、見た目で他の使用人からいじめられているのは一目瞭然だった。
「…先程も言ったが、お前は俺を見捨てるような酷い人間にしたいのか? 俺はここの屋敷の主人でもあるんだぞ。主人の言うことが聞けないのか?」
「……!」
エヴァルトは、自分が意地悪であることは自覚していた。この下男は、きっと遠慮していただけだ。言葉数が少なく、表情も分からない上に感情を表に出来なさそうなこの下男に対して、絶対に断らせないよう外堀を埋めて行っている。
スキアーは無表情をさらに固くさせて、俯いた。無言は承認だと、エヴァルトは感じた。
「わ、かりました。では、言う通りにいたします」
スキアーはそう言って立ち上がり、お辞儀をして室内のシャワールームに向かう。しかし、その途中でふらりと体が傾いた。
「おい、」
ぺしゃりと座り込んだスキアーに、エヴァルトは眉間に皺を寄せて近付いた。見ると、スキアーはお腹を押さえてうずくまっていた。
「大丈夫か? 蹴られたのか」
エヴァルトは薄い布生地の服をめくり、スキアーの真っ白な肌につけられた青あざを見て言った。細くて華奢な体につけられたグロテスクな青紫の痣は、見るからに痛々しい。エヴァルトは俯いて浅い呼吸をするスキアーの横顔を見て、ため息をついた。
(入れてやるか)
エヴァルトは苦しそうなスキアーを抱え、浴室へ向かった。そして衣服を脱がせると、抱えてシャワールームに入った。最新構造のシャワールームは、お湯をひねると簡単にぬるま水が出た。その水が、スキアーを濡らしていく。
(…白いな)
スキアーの背中を見ながら、エヴァルトは心の中でひとり呟く。
スキアーの肌はこの国のどんな貴族の女より白い。それは病的で、でも青白さはない。お湯に触れてピンク色になりつつある白い肌は妖艶で、男の庇護欲を駆り立てる。
エヴァルトはそこまで考えて、はっとなった。
スキアーは女に見えるが、脱がせて男だと確認した。初めは女かと思っていたが、声は女にしては少し低い。しかし、体つきはまるで少女のようだった。細い体のラインはコルセットを愛用する女にとっては羨ましいのだろうと遠い目をしながら、エヴァルトはスキアーの体を洗った。
prev / next