日陰に咲く花へ | ナノ


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「旦那様、お帰りなさいませ」



 国でも有数の公爵家、ヴィルヘルム家の当主にしてこの屋敷の頂点でもあるヘルベルトは、いつものように使用人に迎えられて帰宅した。
そんな主人の姿に、侍女たちはほう…とため息をつく。

数ある公爵家の中でも、ヘルベルトは容姿が良かった。背が高く、紳士的で品の良い整った顔立ちは老いてもなお世の女性を虜にする。そんなヘルベルトにも妻がおり、息子と娘もいるのだから、侍女たちは手も足も出せないのだが。


「お疲れ様。エヴァルトとアリーナは元気にしていたか?」


「ええ、坊ちゃまもお嬢様も、お変わりなく」


「そうか、良かった」


にっこりとヘルベルトが笑う。すると侍女は顔を赤らめ、ぺこりとお辞儀をしてそそくさと部屋を出た。ヘルベルトはそんなことに気を留めることもなく、着替えを済ませて用意された紅茶を飲んだ。


「ああ、そう言えば、エヴァルトに話があるんだったなあ」


「エヴァルト坊ちゃまにですか? お呼びしますか?」


「そうだね。これを飲んで、ゆっくりしてから呼ぶとしよう。あまり急いでもないしね。ただ…」


ヘルベルトはそう言い淀んだあと、うーんと顎に手を触れさせる。


「あれは短気だからなぁ…。怒るかもしれん。まあ、何にせよ話さなければならないのは本当だ。あとで私の部屋に呼んでくれ」


「かしこまりました」


使用人が頭を下げると、ヘルベルトは「そう言えば」と思い出したように言った。


「馬は寒くないか? 外に出したままだったろう」


「ああ、それならドユルが中に入れたようですよ。我々が見たときにはもう、外にはいませんでした」


ヘルベルトはドユルという名前を聞くと、少し考えてから「ああ」と手を叩いた。


「あの東洋人の子か。珍しい容姿だから、覚えてるよ」


使用人はヘルベルトの口からドユルと言う名前を聞いて、不快そうにわずかに眉を上げた。しかし、ヘルベルトはそんなことに気がつくこともない。


「うちは珍しい子がなぜだかたくさんいるようだから…。ああ確か、アルビノのような白い子もいるよね。あの子の名前はなんだったかなぁ…」


「…スキアーでしょうか」


「ああ、そうだそうだ、スキアーだ。彼もね、拾われ子なんだよ。奴隷商で珍しいからと妻が買い取って、妻が屋敷に置いたんだった」


奴隷商から奴隷を買い取ってしもべにすることは、少なくはない。珍しい容姿、人種であれば、奴隷商は高く売り出した。スキアーはその奴隷商からやって来た奴隷のうちの一人で、ヘルベルトの妻がスキアーの透き通るような白の体を気に入り購入したのだった。


「ドユルは有能ですが、スキアーは鈍間です。ろくに仕事もこなせないと聞きます」


「まあ、まだ14か15じゃなかったか? ドユルやあの手の人種は、年齢が分からないから何とも言えないけれどね。あまりに酷いようだったら、奴隷商に売り付けるよ」


ヘルベルトはそれきり、スキアーとドユルの話を止めた。そこまで興味がなかったようだった。使用人もほっとして、ヘルベルトに頭を下げて部屋を出る。

目指すのは、エヴァルトの部屋だった。

エヴァルトは、ヴィルヘルム家の長男だ。ヘルベルトによく似ているが、その表情はヘルベルトとは違い、冷たく凍てついている。しかし美形のため、侍女や他の貴族の娘たちには人気だった。金の髪に青い瞳は誰もが振り向く美しさで、しかしその美しい顔に浮かぶ色はどこまでも冷たく無関心。そんな男だった。


「エヴァルト坊ちゃま、失礼いたします」



使用人は緊張の面持ちでエヴァルトの部屋の扉を叩いたのだった。







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