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スキアーは生まれた時より、貧しく質素な生活だった。でもそれがスキアーにとって当たり前のことで、何一つ疑問には思わない。なぜなら自分は日陰がよく似合うような人間だと思っているし、華々しい世界や悠々たる生活も似合わない。それなりに仕事をして、それなりに幸せを見つけて、それなりに死ねれば本望だと思っていた。
「スキアー。旦那様がお帰りになったそうだ」
仕事仲間のドユルが泥だらけの体でそう言った。彼は馬の世話を主に担当する使用人だった。いや、使用人と言えば聞こえがいいかもしれない。いわゆる“グルーム”と呼ばれる下級の使用人で、一介の使用人よりも身分は低かった。それはスキアーも同じで、屋敷での使用人としての階級は下男。普段は屋敷周辺の掃き掃除や小姓の手伝いをすることがもっぱらだった。
「そうか。なら、急がなきゃな」
スキアーは淡々とそう言うと、掃き掃除の手を速めた。季節は秋が終わり、冬が始まろうとしている。落ちた枯葉たちは屋敷の美しい庭先や石畳を塞いでいた。
「…淡白だなぁ、お前…」
ドユルが変なものを見るかのようにスキアーを見つめる。泥で汚れた顔に浮かぶ瞳は、この周辺で見られることは絶対にない黒だ。
「やらないと怒られるのは僕たちだろう。それに、お前もそろそろ戻らないと、ベルにどやされるんじゃないのか」
「ああ、分かってる。だけどお前が心配で来たんだ。またベルやドリーたちから無理な仕事を押し付けられてないかって…、まあ、予感は的中したな」
ドユルはそう言って、枯葉だらけの庭を遠い目で眺めた。ここは正面の庭ではなく、屋敷の裏側よりも少し東側に位置するただの空いたスペースだが、屋敷の周辺は完璧に整える必要があった。だから、陰険で陰湿な使用人たちは、気に入らないスキアーに滅多に人の目のつかないここを掃除させるよう仕向ける。一人じゃ絶対無理なことなんて、分かっているくせに。
「…俺は戻るけど、何か困ったことがあれば言えよ。それから、通らないとは思うが、旦那様がもしここを通ってもいいように早めにやっておけ」
「分かってる」
スキアーは無表情のまま返事をした。ドユルはそんなスキアーに少し笑うと、後ろを向いたまま手を振って去って行く。スキアーはその後ろ姿を見ることもなく、掃き掃除を再開した。
金持ちは、珍しいものを好む。さっきのドユルも、異国の出身だ。幼い頃に売られ、国を渡り、この国にやって来た。それからしばらく治安の悪い町にいたが、手に職をつけようと公爵家の使用人になることを選んだ。そう、本人が言っていた。ドユルは黒髪黒目で、いつも泥だらけで分からないが一重の切れ長の瞳に低い鼻、小さな唇を持っていた。それだけでドユルは倍率の高い使用人の門をくぐり、見事に下級のグルームながら使用人になれた。
…それは、スキアーも同じだった。
スキアーは自分がどこの国から来たのかは分からない。ただ、金を通り越して白髪にも見える髪に真っ白の肌、目が覚めるような深い青の瞳を持っていた。ドユルからはきっと雪の国から来たのだと言われたが、本当に雪が積もる日は周囲に溶け込んでしまうほど、あまりにも白い色素を持っている。
「あら、スキアー。貴方まだこんな掃き掃除をやってるの?」
物思いに耽りながら掃き掃除をしていると、ひょっこりと侍女三人がやって来た。三人のうち、一人はドユルが言っていたベルだ。彼女らはスキアーやドユルとは違い、身なりを整えている。まるで、貴族のように。
「とろいのね。女みたいな顔して、本当に女なんじゃない? だからこんな作業も出来ないのよ、男のくせに」
「その気味の悪い頭と肌が真っ白なのも、貴方病気なのでしょう? 知能がないんだわ、あまり言うのもよくないわ」
「ええ、そうね。白子は頭が弱いと聞くわ。こんなにいじめてはかわいそうでしょ? ほら、さっさと行くわよ…」
侍女たちは、好き放題言ったあとにスキアーが集めて入れておいた枯葉の山のゴミ箱を倒して行った。崩れ落ちたゴミ箱から溢れた大量の枯葉に、スキアーはため息を漏らす。けれど、絶対に弱音は吐かなかった。
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