フェイク・レッドの輝き





 恋愛なんて、興味がない。



 あれから何日か後、再試を終え深夜のアパートの一室でいつものあのぐだぐだなメンバーが集まり、不思議なトークショーを開催している時、ふと、思わずそう言った。

 話題は学科内に可愛い女の子がいるかについてで、蒲生と羽田がああだこうだ議論し合っているのを横目に、俺はただひたすらゲームをしていた。すると羽田がなんで廣田は話に混ざらないのか、と憤怒してきたから、そう答えただけだった、のに。


「…え、ひろっつぁん、それ本気で言ってる?」


蒲生が口元を引きつらせて俺を見る。羽田なんて、もう完全にフリーズしている。


ああ、やっぱりこういう空気になるよな、となんとなく納得して、白けた雰囲気の中、こくりと頷いた。なんとなく、今は言葉を発してはいけない気がする。


「まじで…?」


「ま、まあ、ガモー。こういう人間もたまにいるじゃないすか」


「え、だって、どんな人生送ったらそんなことになんの? すっげぇ気になんだけど」


蒲生が珍しく積極的に問いかけてくる。蒲生と言えば、何に対しても面倒くさがる男だというのに。


「…いや、べつに、普通だけど」


「普通って。普通の人生送ったらそんな恋愛に興味を持たない人生にはならないって!」


「ガモー! お前この男をよく分かってないだろ! 廣田くんが女子見てハァハァ言ってるの想像出来ますかー!!」


「それは別だろ! 要は付き合うとか、そういうのに興味がないだけで、女の子に興味がないとかじゃないよな、ひろっつぁん」


「…まあ、」


そりゃ、男だし。


そう答えると、蒲生が安心したように座り込んだ。今まで前のめりだったのだが、きつくはなかったのだろうか。


「あああ焦った。ひろっつぁんがホモだったらどうしようかと思った」


「恋愛に興味がないっつっただけでホモって、ガモー考えすぎ」


そう言って、羽田に借りた漫画を読み始める。だけど、今度は羽田が俺の顔を見続けるもんだから、さすがに溜め息を吐いた。


「なんだよ、羽田」


「いや、…」


羽田が漫画で言うなら汗の落ちる描写のような表情で口ごもる。


「そう言えば、この間のサークルの飲みでさ、西出さん、ずっと廣田といたじゃん」


「…………うん」


俺だって、急に脈略もないことをぶっ込まれて対応出来ないほど馬鹿ではない。羽田が次に何を言おうとしているのかも、なんとなく想像が出来る。


「…羽田。それは、ない。絶対ない」


「え、だってさ、西出さんってお前以外の一年生にはあんまり絡まないんだって」


「俺がサークルに全然行かないから、気にしてくれてんだろ、きっと」


西出さんは優しい。
なんの根拠もない言葉だけど、こんな俺を気にかけてくれるくらいに、あの人はお人好しで優しい人だと思う。


「西出さん?」


「ああ、ガモーは知らないんだっけ。西出さんってのは、俺と廣田が入ってるサークルの先輩」


すると蒲生は、興味の無さそうな声で適当に相槌を打った。


「その人が、ホモっぽいって?」


「ばっ…、ガモー! せっかく俺がオブラートに言ってたのに!」


羽田が蒲生の肩を掴み、焦った顔で叫ぶ。だけど蒲生は何とも思ってはいないようで、いつものやる気のなさそうな顔で俺を見ていた。


「いや、だから、羽田が考えすぎなんだって。むしろ、俺に構うからホモって考える羽田がホモっぽい」


「俺は可愛くて巨乳の女の子が好みです」


「…そんで童顔好みのロリコンな」


「だまらっしゃいガモーくん」


あ、確かに羽田の元カノは童顔だった。プリクラでしか見たことはなかったけれど。

羽田は考えるような仕草をしながら、「そうかなぁ…」と呟いてスマホをいじり始める。それを横目で見ながら、ふと、先日の西出さんを思い浮かべた。



 あんな人になれたら、世の中はそんなに辛いものではなかったのだろうか。

こんななんの変鉄もない人生も、もしかしたら輝けたのだろうか。



 やけにネガティブな思考回路を切り替えるように手に取った漫画本を開いて、 溜め息をつく。

身体が悪いわけでもないのに、何故だか、全身が気だるいように思えた。














 いつもの、バイト帰り。夜8時に終わってから、徒歩でアパートまで向かう。大学のすぐ近くにバイト先があるのはとても便利で、しかもあまり遅くならないという閉店時間からもここのバイト先は嬉しい。

それに、明日は休日。そのせいか、浮き立つ足は良好で、不思議と肩も軽い。古谷さんから不審そうな目で「…なんかあった?」と聞かれたぐらいには、かなり舞い上がっているとは思った。


 夜の街並みを通り過ぎて行く。大学や高校が多いためか、この辺りの地域は学園都市のような立地になっていて、飲み屋街は街の中央に行かなければない。
アパートやマンション、弁当屋、クリーニング店。通り過ぎて行く街並みは、どこか懐かしさを覚えるものばかりだった。



 大学付近のマンションまで来たとき、突然人の話し声が聞こえて、思わず立ち止まった。灯りが点った先に人が二人ほどいて、なにか激しく口論しているようだ。

「…あ、」

一瞥して去ろうとしたが、それは出来なかった。

「西出、さん」

灯りに点されてはっきりと見える赤い髪と、長身な背は、よく見るサークルの先輩のそれだった。
西出さんは相手を見ながらなにやら口論していて、俺の方には全く気付かない。相手の人は西出さんよりも背の低い男の人で、明るい茶髪と髪型から遊び人を彷彿させるような後ろ姿だ。

 西出さんは心底腹が立っているような顔で、ふと視線を相手から反らした。その時、ちょうど俺と目が合って、西出さんの顔に驚愕が走る。それから、相手の男の人の肩を押しやり、相手の人がマンションへと入って行く。それを振り返りもせずに西出さんは俺のところまで走って来ると、息の上がった声音で謝った。


「…廣田、ごめん、見苦しいところを」


俺やサークルの人たちに見せる西出さんとは違った一面に、いまだに俺は驚いていた。焦ったような表情も、いつも余裕そうな西出さんからは想像もつかない。


「…あ、いえ、俺の方こそ、なんかすいません」


そうは言ったものの、あれは一体何だったのだろうか、あの人は誰なのだろうか、何に対して西出さんは怒っていたのだろうか、と様々な疑問が好奇心とともに浮かんでくる。

西出さんはいつものように余裕そうな雰囲気で、ふっと笑うと俺の頭をくしゃくしゃに撫でた。


「…本当、ごめんな」




でも、西出さんのその笑顔に、どこか陰りがあるように思えたのは、何故だったんだろう。









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