人生の一方向






 思った以上にテストは普通に終わって、今日はバイトの日だった。

大学近くの大通り沿いに面したオシャレな雑貨屋で、だらしない店長とおかしな副店長、幹部的存在のフリーターさんで成り立っている。

久々に顔を出したら副店長がいて、おう、と呼ばれた。



「廣田じゃーん。テストおつ!」


副店長は女性らしかぬ口調と力で俺を叩いたあと、段ボールを手渡してきた。


「…なんすかコレ」


「入荷並べろ」


「……」


有無を言わさぬ命令に、溜め息をついてスタッフルームへと向かう。ドアを開けると、黒髪の男性が着替えている途中だった。


「古谷さん、」


古谷さんは同じバイト仲間で、でも俺よりはずいぶん長く働いている人だ。確か二歳くらい年上だった気がするけど、ミステリアスな印象のためか、年齢不詳だ。


「テスト、終わったんだ」


古谷さんがそう俺に尋ねる。


「あ、はい。なんとか」


「○△大学だったっけ。大変なんでしょ」


よく分からないけど。

そう言う古谷さんは、確かフリーターだ。知的なオーラは少しだけ西出さんに似ているのに、意外だった記憶がある。あ、確か二歳年上のはずなら西出さんと同い年だ。


「でも、大学生ってなんかいいよね。若々しい響きだし」


「古谷さんもまだ若いじゃないすか」


「肩書きが肩書きだけに、なんか年食ってるように思えるんだよ」


古谷さんが細い身体に黒いシャツを羽織っていた。横目にちらりと見て、飾り気のない黒髪と右耳の軟骨に数ヶ所開いたピアスに大人の雰囲気を感じ、少しだけ羨ましかった。


「しかも、薬学部?でしょ。頭良いんじゃん」


「そんなことないですよ。やっと入れた感じなんで」


古谷さんは俺をちらりと見て、静かにパイプ椅子に腰をかけた。ゆったりとした物腰は、古谷さんらしい。


「じゃあ、薬剤師になるんだ」


「…え、」


古谷さんの言葉に、数日前の西出さんを思い起こした。似たようなことを言われて、動揺したのは本当につい最近のこと。
あの時のように目を泳がし、ふと目の前のロッカーを見る。訳もなくロッカーの取手部分をいじりながら、必死に言葉を選ぼうと脳内を働かせた。

古谷さんは答えに詰まった俺を一瞥して、ペットボトルのウーロン茶を一口飲んだ。


「まあ、将来のことなんて誰にも分かんないか」


ぽつりと、そう呟いた古谷さん。

西出さんと重なる、しっかりとした土台で自分を支える背中。

二個くらいしか違わないのに、やたらと彼らが大人に見えるのは、何故だろう。


俺はまた、薄汚い灰色のロッカーを見る。
自分の将来すら見据えられない子供な自分に、嫌気が差した。









「思った通り、物理も有機も再試だけどさ、」


 大学用ホームページの情報サイトを眺めながら、羽田が呟く。


「再試の日、バイトなんだよなぁ〜…」


項垂れる羽田をよそに、俺は黙々と有機化学のテキストを熟読していた。


「バイト? 羽田のバイトってなんだっけ」


「塾。もうすぐテストシーズンらしくてさぁ、忙しいんだよ」


「休むわけには行かねーだろ。単位ヤバいんじゃなかったっけ?」


「うおおおお、辛いいいいい」


俺のベッドに顔を押し付ける羽田を叩き、顔から布団を離す。


「俺の布団に鼻水つけんな」


「うう、廣田ひどぉい」


そして羽田の横でゲームに勤しむ男を見る。黒渕の眼鏡に野暮ったい黒髪は、ちょっと異質だ。


「ガモー。羽田がうるさいからどうにかしてくんね」


「あーそりゃムリだわ。今からチャンピオンだから」


「俺よりポ◯モンかよガモーくん!」


蒲生はうざったそうに顔を上げると、羽田を見詰めた。


「塾側に相談すればいい話じゃん」


「ほんとそれ」


「廣田は全く何も考えてなかったくせにぃぃ!」


蒲生は3DSを床に置くと、溜め息をついた。


「そういや、羽田もひろっつぁんも再試なんだっけ?」


「そー。俺は有機だけなんだけど、コイツは有機と物理両方」


羽田を指差し、物理のテキストを投げやる。羽田は痛い!と地味に叫んだ。


「有機は大変だったとは思うけど、物理って…。高校の時、生物やったん?」


蒲生が面倒そうに言う。コイツのデフォはいつだって面倒そうだから、案外親身に聞いているのかもしれないが。


「生物です」


「俺も生物だしガモーも生物だけど」


「……」


泣きの一言に、羽田が小さくなる。
蒲生が雑誌を広げながら、重く沈んだ声で言った。


「俺らはわざわざこの理系のしんどい学部来たわけなんだよ。6年もあんのに、これからどうすんの」


確かに。

薬学部は6年制だ。
この学部に来た時点で、俺らの人生は一方向なんだ。


「うー、これから頑張るとしか、」


羽田がクッションを抱えて唸る。


「まあ、まだ1年の6月じゃん」


俺がそう言うと、蒲生はなんとも言えない微妙な表情で、「まあ、そうだけど」と呟いた。




「案外時間は早くに過ぎ去るもんだよ」


「……」




そう言った蒲生の言葉は、何故だか脳裏にしっかり刻まれた気がした。









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