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ガラガラと教室の引き戸を引く。
入ったと同時に鼻孔を通っていくのは絵の具と木材の匂い。
私が来た教室は美術室だ。
何故ってそりゃあ数少ない美術部員だもの。
部員全員で何人でしたっけね、今ここにいない先生様よ。
とりあえず適当に荷物を置き、流しの方へと歩きそこから洗って干しておいた筆と筆を洗うバケツを持ち出す。
「…あ、パレットどこやったっけ。」
この前下校時刻ギリギリまでやってたから慌てて片付けてしまったため、場所がうろ覚えだ。どこやったっけな。
お、あったあった。
棚に適当に置かれてたわ。
もっとちゃんとしろよ。あ、自分のことか。
2、3分後パレットも無事見つけ、ひとつの絵が立てられているイーゼルの前に腰掛ける。
描いているのは水彩画。
私は油絵をよく描くが、たまには水彩画を描くのも悪くはない。
「……………。」
静寂。
外から様々な声が聞こえる…外の部活の人達は相変わらず元気だ。
どこからか野良猫が入ったのか、にゃーという鳴き声もする。
カチコチ、カチコチ。
壁にかけてある年代物の振り子時計の音だけが木霊す。
この雰囲気、悪くない。
「んー…ここはもう少し、濃くするか…。」
水を足したり多かったら拭いたり。
そんなことを繰り返しながら、少しずつ慎重に進めていく。
去年の冬からこの作品に取り掛かっているが下書きでもかなりの日数をかけた。やっと今日から色を塗るのだ。
ちなみに作品名は…、
「わっ!!!」
「…なにしてんの飛段。」
パレットで色を作りながら訊ねると、背後から不満そうな声。
「少しは驚くとかしろよォ!」
「いやなんとなく気配がしたっていうか。」
「チッ、つまんねーのォ。」
驚いたフリだけでもしておけば良かったかな。
「なんだこれ…水彩画ってやつ?」
「そ。前回は油絵だったから、今回は水彩画にした。作品も水彩画の方が合ってるかと思ってね。」
「ふーん…。」
ぼかしたり引き伸ばしたり。
様々な形に変える色達を飛段はじっと見ていた。
ってゆうかお前、部活は。
「今は休憩中だぜ。」
なるほど。
ちなみに飛段はバスケ部、そして顧問は角都。このラブラブカップルめが!
「なァー。」
「ん?」
「これ、もしかしてお前?」
飛段が言っているのは、紅色の風景の中心に描かれた人物のことを指しているのだろう。
「んー…内緒。」
「えー教えろ!」
「作品名は教えてやろう。」
「んなもん聞いてねーよ!」
飛段の言葉をスルーして私は続けた。
「作品名は……………"淡恋を泳ぐ"。」
紅色の海。
思い浮かぶのは赤い髪の幼馴染み。
「あわこい…?」
「淡い恋って意味で淡恋。なかなかのネーミングセンスしてるな私。」
「お前、その淡い恋ってやつしてんの?」
飛段の言葉にびっくり。
淡い恋、か。
淡いどころじゃないけど。
「バァカ、そもそもこの絵のモデルが私だなんて一言も言ってないでしょ。」
「………ホントに違ェの?」
なんかやけに食い下がるな。
分かりにくいように上手くぼかしたはずなんだけど。
「だって、お前なんか辛そう。」
「え、」
「自分の気持ちを誤魔化すのはやめた方がいいぜェ?経験したからな、おれ。」
そう言って去っていく飛段。
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