妖精の悪戯
-冥加side-
朝起きたら、大変なことになっていた。
「あら、兄様。おはようございます」
挨拶する枝織の腕のなかには、何故か赤ん坊がいたのだ。
………小日向にそっくりの。
「………枝織、そいつは誰だ?」
「まあ、覚えがありませんの?兄様とかなでさんのお子様ですよ?」
質問を質問で返すな…と、いつもは言っているところだろうが、このときの俺は正直混乱しきっていた。ば、ばかな。奴が家に遊びにくることはしょっちゅうだが………馬鹿な。そんな馬鹿な。
「ないない。ないないない。ないないないないない」
「………あの、兄様?じ、冗談ですよ?」
「………………………なぬ?」
しまった。うっかり動揺してしまった。ハッとして枝織を見ると俯いて肩を震わせながら床をガシガシ蹴っていた。こいつなりの爆笑対策なのだろう。
「………枝織、床を蹴るな。はしたないぞ」
「兄様こそ何を想像したんですか。お下劣ですよ」
「………………………」
「………………………」
「………で、その赤ん坊は一体」
「ああ、この子ですか?」
赤ん坊を抱き抱えなおして、あやしながら答える枝織。
「小日向かなでさんのお子様ですよ」
「………相手は誰だ」
「んなわけないじゃないですか」
またやられた。これ以上傷つくことないと思っていた心がジクジクと痛む。
がっくりうなだれると、見兼ねた枝織がやっと答えてくれた。
「この子は小日向さんですよ」
「………………………………は?」
意味がわからない。小日向かなでは俺よりひとつ下の高校二年生のはずだ。そのような赤ん坊ではなかったはずだが。
「ええとですね、音楽の妖精にやられた、と星奏の皆様はおっしゃっていました」
「………………………………は?」
全くもって理解できない。音楽の妖精だと?星奏の奴らは大丈夫なのか、と慈悲を覚えた。
とりあえず枝織の説明によると、枝織が駅前通りを歩いていたところ、如月弟が右手に赤ん坊、左手に虫捕り網といった、なんとも不格好な様で走り回っていたという。理由を尋ねたところ、星奏に代々伝えられている音楽の妖精が、悪戯にも小日向に魔法をかけてしまったというのだ。そういうわけでかなでを元に戻すべく、星奏オーケストラ部総動員で逃げた音楽の妖精を捕まえようと走り回っている、というわけだった。そしてそれを見ていた枝織は如月弟に小さくなった小日向を預けられた、というわけだ。
「………ひとつ疑問なんだが」
「なんです?」
「お前、家に連れて帰ってきてよかったのか………?」
「………………………」
「………………………」
「………………………」
「…………………てへっ☆」
微笑んだ枝織と静かな赤ん坊姿の小日向を見て、俺は大きな大きな溜め息を吐いた。