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「お待たせ……。なまえの分も買ってきたよ。」


レッスンが終わり、凛月くんと帰宅していると、途中で彼がジュースが飲みたいから公園に行こうと言い出した。この公園と他数点しか置いていないお気に入りのジュースがあるらしく、どうしても公園が良いとごねだしたため公園に寄り道をすることにした。確かトマトジュースだっけ、あれあんまり美味しくないのに何でそんなに好きなんだろうなぁ、しかも兄弟揃って。遺伝ってやつかな。

「おーありがと……ってこれトマトジュースじゃん。私これ苦手なんだけどなぁ……。」
「でも味変わったみたいだよ、ま〜くんが美味しいって言ってた。」
「ほー。真緒くんがそう言うなら美味しくなったのかな……。」

珍しく自分でジュースを買いに行ったから何か変だと思ったんだ。トマトの缶ジュースのプルタブを開けて、少し口に含む。相変わらず好きな味ではなかった。確かに前より味は変わっているが、トマトの生臭さはどうも取れていない。

「ふふ、不味いって顔してるよ。」
「あ、はは。うーんやっぱり美味しくないねコレ。」
「俺もあんまり好きな味じゃなくなったよ……。ジュースとかってすぐ、変わっちゃうよね。気のせいだったら良いのにって思ってもう一回買ってみたんだけど、やっぱもう駄目だな。」
「あ、でも私ずっと好きなジュースあるよ。それは今まで全然味変わってないなぁ。」

小さな頃から好きだったマスカットのジュースは、それこそトマトジュースとは正反対で爽やかなものであった。マスカットジュースといえば、瀬名先輩が一度勉強の時に買ってくれたなぁ。私があれ好きなのよく分かったな、やっぱ周りとかよく見てるよなぁ。そうぼんやりしていると、横で凛月くんがぐびっとトマトジュースを飲むのが見えた。うわぁ、よくやるよ。

「……で、なまえが話したいことって何なの? 」
「ああ!この前買ったマフラー先輩に渡したよって話そうと思って。」
「この前……。ああ、セッちゃんか。喜んでた? 」
「あ、うん。凛月くんのおかげだよね、ありがとう。瀬名先輩、最初自分の服と合わないとか言って受け取ってくれないと思ったんだけど、さっき見たときマフラーつけて帰ってたの。びっくりしちゃった。」

ふふ、と笑みがこぼれる。帰る間際、凛月くんに色々話したいことがあって、彼とご飯でも行こうと誘っていた。すると途中で公園が良いと言い出したのであった。話したいことというのは言わずもがな、瀬名先輩のことである。凛月くんは一緒に買い物も行ってくれたし、何より同じユニットのメンバーだし、話しやすいだろう、そう思って彼を誘った。当の本人は、しまりのない私の顔をチラリと横目で見て、すぐに顔を下の方へ向けた。凛月くんの白い顔は、夜によく映えて、何だか不思議な感覚がした。

「……良かったじゃん。」

凛月くんは返事を言ったかと思うと、黙り込んでしまった。公園は一気に静寂が訪れる。普段は小学生の遊ぶ声で賑やかなのに、この時間帯のせいか、全く人気がなかった。先ほどまで夕焼け空で赤かった空も、夜が近づき何だか不気味な色になっている。逢魔時。この時間帯はそう呼ばれているらしい。あんまりよく知らないけれど。

「……凛月くん、あのさ。」

口を開く。今日自分で感じたことを、何となく凛月くんに伝えなければならない気がした。瀬名先輩の事を考えればずっとドキドキすること、笑顔が見れただけで心が浮き足立っていること。全部、何でなのか分かったと伝えるべきだと思った。もうすぐ夜になる。夜になれば、また朝が来る。そうすれば、もう伝えることは出来ない気がした。凛月くんなら、きっと誰にも言わないだろう。そして真剣に受け止めてくれるだろう。私の中で凛月くんは、とても信頼できる友人だった。

「何。」
「……ちょっとさ、聞いて欲しいんだけど。」

ゆるり、こちらを向く凛月くんは、どこか苛立った様子だった。何故なのだろう、少し怖いと思った。きっとこの時間帯のせいだ。ほら、凛月くんって、どこか人ならざるものみたいな雰囲気あるし。そう自分を落ち着かせるが、言葉にするのが恥ずかしくてなかなか口を開けない。ああ、でも言わなくちゃ。もう時間だって遅いし、凛月くんだって帰りたいはずだ。

「わ、私、瀬名先輩のこと、好き、だ。」

しん、と静まり返る公園、何も言わずにこちらを見るだろう凛月くん。恥ずかしくなって下を向いた。顔が燃えるように暑い。言ってしまったら、もう自覚するしかなかった。ああ、やっぱり私は先輩が好きなんだ。あまりにも長い静寂に、耐えきれなくなった私は凛月くんの方を見て何か話題を出そうと横を向けば、彼の顔が私のすぐ前に来ていた。私の肩を両手で掴んでいる。今にも唇がくっつきそうな位置まで来たと思えば、私の体は後方へぐらつき、仰向きに倒れ込んでしまう。状況が掴めず、混乱したが、凛月くんはこちらに馬乗りになっている。え、え?

「り、凛月、く、ん……? なに、してん、の……? お、重いよ……。」
「ねぇ、なまえ。喉乾いたんだけど。」
「え……。」

トマトジュースならまだそこに残っている、そう言いたいのに言葉が出てこなかった。あの時瀬名先輩を前にして何も声が出せなかった時と同じく、喉がカラカラで声が出せなかった。それでも、あの時とは別の緊張だということは分かっている。凛月くんの目が、全く笑っていないからだ。

「ねぇ、良いでしょ? 血、ちょーだい。」
「な、何言って」
「だって今まで我慢してたんだよ、ずっと、ずっと。なまえが痛いのは嫌だって言うから。一緒にいれば血の匂いがして、本当はずっとなまえの血を飲みたくて仕方がなかった。でも我慢したんだよ、なまえの傍にいるといつだって我慢してきた。何でだと思う? 」

凛月くんの赤い瞳が不気味だ。彼の瞳はこんなに、こんなに濁っていただろうか? 彼の問いかけに答えれずにいれば、凛月くんは微笑みながら私の首筋を撫でた。手はやけに冷たく、この世の人ではないみたいだった。

「そ、そんなの、」
「分かんないって言うんだ。なまえの傍にずっといたかったからだよ。俺がなまえの血を吸って、なまえが痛がったら俺を拒絶するかもしれないって思った。だからずっと耐えてきた。俺ね、なまえのこと大好きなの。あったかくて、優しくて良い匂いするじゃん……。大切だった、だから大切にしたんだよ。離れてほしくなかった。ずっと一緒にいたいと思った。……なまえだってあの時、離れないって言ってくれた。だから俺はずっとそれを信じてたんだよ。」

凛月くんの手は首筋から頬に移り、うっとりしながらこちらを見ていた。抵抗しなくちゃいけないのに、私の腕が動こうとしない。やだ、早く動いてよ、早く、早く

「それなのにセッちゃんの所へ行くなんて許さない。約束したのに。裏切り者。」

そう言って凛月くんは私の首筋に近づいた。彼の息遣いを直に感じて、鳥肌が立つ。やだ、怖い、やめて、声が出ない。その間に、凛月くんの牙は私の皮膚を貫いた。

「ふ、む、はぁ……。ふふ、なまえの血、美味しいねぇ……。」
「あ、あ、」
「怖いの? 泣かないでよ。大丈夫だよ、すぐ気持ち良くなるからねぇ。……ああ、もっと欲しいなぁ。」

凛月くんが首筋に流れる血を舐めとる。先ほどから彼の体温は嫌に冷たいのに、首筋から出ている血は温かい。ああ、気持ち悪い、気持ち悪い、嫌だ、嫌だ、ーーー。

「あれ? なまえ? 気絶しちゃったの? 」


彼がもう一度私の血を吸い始めた時、私はこの場から逃れるように、意識を手放したのであった。