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「なまえ、よく頑張ったな。」

数学担当の先生がそう言って私に紙切れを差し出した。その紙切れとは紛れもなくテストの解答用紙だったのだが、思わず二度見してしまった、何と平均点の53点を採っているではないか。

「え?! なまえが平均点採ってる?! 」
「え、え? あの赤点ばかりのなまえちゃんが? 」
「今日は雨が降るかもしれんな。」
「え、我本日は傘は持ってきておらぬ! 」
「落ち着け。なまえに失礼だろう。」

アドニスくんだけが謎のフォローを入れているが、クラスが私のテストごときでざわざわするぐらいこれは珍しいことなのである。基本的に数学はずっと赤点を採っていたため、平均点なんて見たことがないのだ。初めての数字に思わず頬が緩む。これもきっと瀬名先輩のおかげなんだなぁと思えば、感謝の思いがこみ上げてきた。何やかんや良い先輩だったな。うるさいけど。

「すごいね、なまえちゃん、勉強してたんだね。」
「遊木くん。……あ。」

そういえば瀬名先輩に何かお礼をした方が良いんじゃないか、遊木くんの笑顔を見たらそう思った。すかさず携帯を取り出して遊木くんの方に向けると、途端に彼は怪訝な顔をした。

「……え、ちょ、なまえちゃん? 」
「遊木くん、ちょっと上目遣いしてにっこり微笑んでみて。」
「えええ?! 何急に! 僕ちょっとカメラ苦手なんだけど……。何、ぼ、僕の写真欲しいの? 」
「いや、瀬名先輩にお礼であげる写真。」

そう言うとすぐに遊木くんは私の手から携帯を奪い去った。見たこともない早さだった。怖い。彼は私の携帯を持ちながら恨めしそうにこっちを見る。な、何故だ。瀬名先輩にあげる贈り物はこれが一番喜ぶに決まってるのに。

「ひどいよー! よりにもよって泉さんに僕の写真売ろうとするなんて! 」
「友人を売るななまえ。」
「い、いや、売らないよ! 瀬名先輩にテスト勉強教えてもらったからお礼にあげようと思ったの! これが一番喜ぶでしょ? 」
「確かにあの人はそんな感じだね! 」
「ちょ、ちょっと明星くん?! 」

必死で携帯を取り返そうとするが遊木くんは頑なに返そうとしなかった。私の携帯は遊木くんの頭上に挙げられており、取れそうもない。そこまで瀬名先輩に写真を渡して欲しくないらしい。でも遊木くんの写真以外で先輩が喜びそうなものなんて思いつかないし、どうしろと言うんだ。

「ていうか、なまえちゃん泉さんに勉強教えて貰ってたの? 」
「え? うん。あんまりにも勉強出来ないからめっちゃ怒られながらやったけど、やっぱあの人頭良いよね。」
「あの泉さんが無償で人に勉強を……? うわぁ、やっぱ今日は雨が降りそう……。」

ここまで先輩のことを思って顔を歪めるなんて、何だか先輩がだんだん哀れに思えてきた。前から思うが瀬名先輩はしつこすぎる。こうやって遊木くんがあからさまに嫌がってるのに執拗に構ってるから嫌われるのだろう。

「ていうか、何もされなかった? 大丈夫? 」
「あーうん。普通に、思ってたより、優しい人だった。」

みんなが思ってる程瀬名先輩は怖くない。そりゃあ怒ると鬼のようだし、すぐウザいとか言ってくるけど、なんだかんだ周りのことを気遣っている人だ。いつも帰りは暗いからって送ってくれたし、いつもプリントを作ってくれた。本当は優しい人だ。

「……。」
「……なまえちゃん? 大丈夫? 」
「はっ! え、あ、大丈夫! 」
「そう? 何か顔が赤くなったから急に体調悪くなったのかと思ったよ。……まぁ、でも写真撮るのはやめてね。」

そう言って苦笑いしながら遊木くんは私の携帯を返してきた。真っ暗な画面に映る私は、確かに少し顔が火照っていた。別に暑くもないのにな、そう画面を眺めていると、携帯が震えた。画面には、「朔間凛月」と表示されている。そういえば今日は久しぶりに凛月くんと一緒に帰れるなぁ。あ、瀬名先輩のお礼一緒に選んでもらおうかな。そうぼんやり思いながら、携帯の画面をタップした。


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「……は? お礼? 」
「そう。だからちょっと待っててね〜……。」

凛月くんと一緒に帰宅する途中、寄りたいところがあると言って繁華街の方に来ていた。何が良いか分からなかったため、適当に何軒か雑貨屋を眺めていたが、あまりにも時間がかかってしまったため、何を探してんの、と凛月くんに尋ねられた。瀬名先輩へのお礼に何かあげようと思って、と答えると、彼は顔を顰めて先ほどの言葉を言った。少し機嫌が悪いようだが、何故かは分からず私はとりあえずショーウィンドウを眺める。うーん、やっぱり冬物が増えてきたなぁ。

「ていうかセっちゃんと勉強してたんだ……。」
「うん、瀬名先輩ってやっぱ頭良いよね。あ、聞いて! 私数学平均点だった! やばいよね?! 」
「……何で俺に言ってくれなかったの? 」
「え? テストの点数? 今言ったじゃん。」
「違うよ、セっちゃんと勉強するってやつ。」
「ああ、だって凛月くん眠そうだったし、勉強とか面倒臭がるかなって思って。」

そう言っても何も言ってくれなかった。何故か黙り込んだ凛月くんにショーウィンドウから目線を移す。完全に拗ねている時の表情だった。ははん、私と先輩に仲間はずれにされたのが嫌だったんだな。

「ちょっと、ごめんて。今度はちゃんと誘うから。」

そう言って凛月くんの髪の毛をわしゃわしゃと撫でる。うわぁ、めっちゃ綺麗な髪だな、お手入れちゃんとしたらもっと艶とかあるんだろうなぁ。それでも凛月くんは何も話さない。グシャグシャの髪を整えることもなくじっとこちらを見てきた。何だか様子がおかしい。凛月くん、と声をかけると、彼は私から目を逸らした。

「……楽しそうだね、なまえ。」
「……え? 」
「セっちゃんへのお礼選んでるの。楽しそうにしてる。」
「そうかな。これでも何あげたらいいか悩んでるんだけど。」
「……セっちゃんだったら何でも喜ぶと思うよ、なまえからだもん。」
「えぇ……。ないない、センス悪いものあげたらそれこそぐちぐち文句言われちゃうよ。あ、そういえばね、瀬名先輩教え方は上手なんだけど怒るとそりゃもー怖かった。鬼みたいだった。」

凛月くんがふふ、と軽く笑う。それだけで、少し安堵した。良かった、いつもと何だか様子が違うかったから、少しだけ焦った。あの時、家に来た時の凛月くんと同じような感じがして、私は必死で話題を明るくしようとした。凛月くんのあの様子から、ただ寂しかっただけではなさそうだった。あの目は、何だか私を心底恨んでいるような、そんな目だったけど。

「ねぇ、なまえ。あっちの店行ったらあったかいの食べに行こうよ……。寒すぎてもう歩きたくない……。」
「あ、うん。ごめんね、連れまわしちゃって。」
「それは全然いい、今まで遊べなかったから長く一緒に居れるだけでいいの。」

そう笑う凛月くんは、先ほどの面影なんて全くない。私の気のせいだったのだ。うん、きっとそうだ。

「ありがとう。とりあえずダッシュで見てくるから、ここで待ってて! 」
「あ、いいの……? じゃあ待ってる。」

凛月くんが手をヒラヒラと降ったので私も振り返し、向こうの雑貨屋さんまで走る。それにしても、そろそろ冬が深まりそうで、肌寒い。やっぱり冬雑貨にしたら喜んでくれるかなぁ。ああ、プレゼントって難しいな。


「……裏切り者。」


凛月くんが待ってるから早く決めなくちゃなぁ。