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恋と不安


「おや、ナマエさん。こんなところで何をしていらっしゃるんですか?」
「あ、ジェイド先輩…。」

ナマエは声をかけられて一瞬ビクリ、と体を震わした。誰にも見つからないような井戸の隅で震えていたというのに、すぐに見つかってしまったからである。恐る恐る、といった様子で後ろを振り向くと、そこにいたのは、先ほど嫌という程見た顔に良く似た、双子の片割れだった。相変わらず胡散臭い笑みを浮かべているジェイドに顔を引きつらせながら、ナマエは無理やり口角を上げる。
まるで追い詰められた小魚のようだ、とジェイドはぼんやりと思った。

「もう帰る時間では?ホームルームの時間はとっくに終わっていますし。」
「じぇ、ジェイド先輩……、あの、お願いが、あるんですけども………。」
「フロイドのことでしたらお断りしますよ。」
「何故?!」

ナマエは思わず立ち上がり、ジェイドの肩を掴んだ。掴んだ、と言っても彼の背はナマエよりかなり高いので、周りから見たらナマエが彼にぶら下がっているような状態である。それでも笑みを崩さないジェイドに、ナマエはさらに顔を引きつらせた。

「何故って…それは僕がフロイドの家族だからですけど…。」
「いや、家族だからこそ止めるところは止めてくださいよ!」
「僕はフロイドの幸せを願っているのです。こんなおもしろ…いえ、大事なこと止められるわけないでしょう。」
「今面白いって言いかけましたね?!せ、せめて何があるかだけ聞いてください…!でないとこんな沈んだ気持ちのまま寮に帰れません…!」

あまりにも疲れてきたのか、ナマエがジェイドの肩から手を下ろしたが、そのまま逃さないように彼の両腕を掴んだ。途端にジェイドの目からスーっと光が消えたのが見え、ナマエはあまりの恐ろしさに半泣きになっていた。ジェイドはその冷たい表情のまま口を開く。

「分からない人ですね。ナマエさんはそこまでバカじゃないと思っていただけに、残念です。では、僕はこれで。」

そのまま踵を返し、ジェイドは井戸から離れようとした。しかし、ナマエが腕を離さず、彼女はそのまま引きずられるような格好になった。露骨にため息を吐いたジェイドに、ナマエはまた体をビク、とさせたが、もう一度縋るようにジェイドを見つめた。

「離して下さい。」
「じゃ、じゃあ私の話聞いてくれますか?」
「は?僕と取引のつもりですか?」
「ひ!と、取引というか、本当にお話を聞いてもらえるだけで良いんです!こ、このままじゃ機嫌の悪いフロイド先輩が寮に来るので、何とか機嫌を取りたくって!お、お願いします、こんなのジェイド先輩かアズール先輩にしか聞けないし…!」

そう言ってナマエがボロボロと涙を零し始めた。フロイドに逃げんじゃねーぞと言われたのがよほど怖かったのだろう、寮に来るのは仕方がないから何とか機嫌を取りたいらしい。
ジェイドが冷めた目でナマエを見ていると、気が付いた時には周りに人だかりができていた。
ヒソヒソ、と皆が噂話をしている。ジェイドは別段噂話をされることなんて慣れきっているので、特に不快にも思わないが、後に面倒になるのは知っていた。彼は自分の腕を掴んでいる両手首を掴み、そのまま剥がした。

「そんなにいうんだったら仕方ないですね。じゃあ今日フロイドが来たらこれを使って料理をしてください。」
「え?キノコ?」
「ただのキノコじゃないですよ、レア種です。ほら、香りが違うでしょ?」
「あ、あんま違いとか分かんないです。」
「は?」
「う、受け取ります!す、すごーい、良い匂い!」

ナマエは急いでキノコを受け取った。自分の世界ではいわゆる毒キノコと呼ばれるようなカラフルなキノコである。ジェイドが言うにはきちんとした食用らしい。彼女がそれを鼻の近くまで近づけると、確かにそれは少し甘い香りがした。しかし、何故キノコ?とナマエの脳内が疑問で一杯になる。

「何でキノコ?」
「まぁ作れば分かりますよ。」
「でも私料理あんまできなくて…。」

そう口籠ると、ジェイドはナマエの顔をじっと見た後、再びため息を吐いた。彼は胸ポケットから手帳を取り出し、何かを確認した後、クル、と方向を変えて歩き出した。ナマエは慌てて彼を追いかける。無言で歩き出したのでまた逃げられると思ったからだ。

「あ、あの、ジェイド先輩、どちらへ…」
「オンボロ寮ですよ?」
「え?」






「この借りはいつか返してもらいますよ。」
「す、すみません……。」

ジェイドはポイポイ、とフライパンの上に材料を投げた。ジュウ、ベーコンの焼ける音が響く。途端に良い匂いが部屋中に充満した。その間にパスタのソースを準備していく。かなり手際が良いな、ナマエはキッチンの後ろの方で彼を見ながら思った。その後、茹でた麺と作ったクリームを投げ込んでかき混ぜていく。もちろん先ほどのキノコも入れていた。今日のフロイドの問題が解決するのに何故キノコが必要なのかナマエは分からなかったが、美味しそうな匂いに思わず喉が鳴った。

「はい、キノコクリームパスタです。」
「う、うわ〜!美味しそう!」
「フロイドの分も用意してるので、彼が来たら温めてから出してあげてくださいね。」

ナマエはその言葉を聞きながら、お母さんみたいなこと言うな、この人…とちょっと思ったが、口に出さないように唇を噛み締めた。そうしないとペラペラ喋ってしまいそうだったからだ。
先に食べることにしたナマエは手をパン、と合わせ、小さくいただきます、と言い、パスタを口に運んだ。

「!め、めちゃくちゃ美味しい……!このキノコの味わいがパスタのソースに広がっている……!」
「急に饒舌ですね。」
「お世辞抜きにめちゃくちゃ美味しいです…!ん〜!うま!ずっと食べてられる〜!」
「そんなに言われると少し照れますね。」
「はい!私キノコ大好きなんです!私のいた所でもよく食べてて…。こんなショッキングな色じゃなかったですけど。」

ふふ、とナマエは笑った。最近は落ち着く時間がなく、久しぶりにゆっくり人と話しているからだろう、自然に漏れた笑みだった。

「これだったらフロイド先輩ご機嫌だろうな〜…は、まさかそのために…!」
「………………。」

急に寮内に静寂が訪れる。ジェイドが急に黙ってしまったからである。不思議に思ったナマエが食べている手を止め、ジェイドを見ると、ぱち、と目が合った。

「ジェイド先輩?」
「…、あ、失礼しました。そうですね。ぜひフロイドに渡してください。感想もまた教えてくださいね。」
「はい!ありがとうございます!」
「では、僕はこれで。」

ジェイドはテーブルから立ち上がり、ニコリ、と笑ってそのまま部屋から出て行った。ナマエは残りのパスタを頬張りながら、食べ終わったら部屋の掃除しなくちゃなあ、とぼんやりと考えていた。




――――


「お邪魔しまーす!」

扉がけたたましく音を立てる。ナマエが急いで玄関の方へ向かうと、そこにはニコニコとした表情のフロイドがいた。何故か機嫌が戻っている姿に、ナマエは内心ホッと胸を撫で下ろす。

「わざわざお迎え来てくれるなんてウレシー。はい、これお土産!アズールが人様の所に行く時は持っていけ、恩は作っておくもんだ、ってうるせーから。」
(アズール先輩は母親とはなんかまた違うな…)

フロイドから受け取ったそれは可愛らしい包装紙に包まれた長方形のものだった。フロイドが言うには、モストロラウンジでたまに売っている焼き菓子のセットらしい。20個入り2600マドル。それを聞いた瞬間に、ナマエの脳内はアズールのしてやったり顔が浮かんだ。

「え、てか何か良い匂いすんじゃん、何?」
「あ、フロイド先輩、ご飯よろしければ…」
「え、作ってくれたの?食べる食べる!」

ナマエはジェイドに言われた通り、フロイド用に作ったパスタを温めた。良い匂いがさらに部屋に立ち込める。フロイドは早々にテーブルについていた。ナマエがテーブルにパスタを乗せると、フロイドの目がキラキラと輝く。

「小エビちゃんスゲー!めっちゃ良い匂いする!ってか小エビちゃんは食べねーの?」
「私は先に食べました。」
「…へーそうなんだ。」

クルクル、パスタをフォークに絡める。ナマエはフロイドを見て、意外ときちんと食べるんだな、と思った。背筋は丸まっていないし、フォークの持ち方も綺麗だった。もっと粗雑なイメージだったが、そういうところはちゃんとしている人なんだな。そうぼんやりしていた時である。

「は?」

フロイドが地を這うような声を出した。途端にナマエはびく、と体を震わせる。フロイドを見ると、彼はまだパスタに口をつけていなかった。ある一点に目線が行っている。

「小エビちゃん、舐めてんの?」
「え?」
「これ。何で入れてるの?」

フロイドがナマエに見せた毒々しい色のそれは、ジェイドが使えと言ってきたキノコだった。それの何が彼を怒らせているか分からないナマエはただただ頭にハテナを浮かべるだけである。

「これさぁー。ジェイドが朝見せてきたやつなんだよねー。オレ全然興味ないけどーこれレアだとか何だとかではしゃいでて超うざかったんだけどー。何で小エビちゃんも持ってるわけ?好きなの?山登り。オレ聞いたことないけどなー。」
「い、いや…」
「てかオレ、キノコ嫌いなんだけど。もしかしてわざと入れた?」
「そ、そんなことは…」

ナマエが何か言い終わる前にフロイドは彼女の腕を引っ張り、床にダン!と彼女を押し倒した。瞳孔が開いている。完全に怒っているようだ、と悟ったナマエは、死を覚悟した。目をそっと閉じる。まだ会えないお母さん、お父さん、ナマエはここで生涯を終えます。キノコで機嫌を損ねたからですー、と、脳内で色々なことが過った時であった。

「小エビちゃん他の奴と喋んないで〜〜〜〜〜。なんかヤダ〜〜〜〜〜〜〜〜。」

ナマエの体に温もりが包まれた。あれ、思っていたやつと違う…と思いながら、目を開けると、ナマエは押し倒されたままフロイドに抱きしめられているのに気付いた。フロイドはさらに自身の頬と彼女の頬を擦り合わせ、メソメソ泣いていた。ええ…と困惑するナマエを他所に、フロイドはそのままナマエに語り出した。

ウミヘビくんのこと見つめてて嫌だった、ウミヘビくんのこと好きだったらどうしよう、オレの小エビちゃんなのに、ウミヘビくんと話してるの見て何かヤダな、って思って小エビちゃんがオレのこと好きって感じたかったから今日寮に来た、そしたら料理もあって嬉しかった、でもこれ絶対ジェイドのキノコじゃん、じゃあジェイドが先に部屋に来たってこと?ヤダヤダヤダ小エビちゃんはオレのなのに、しかもオレキノコ嫌いなのに、小エビちゃんがわざとやってるんだったらオレ嫌われてるじゃん何で?オレは小エビちゃん大好きなのに!ご飯だって先に食べないで欲しい一緒に食べたい!

そのようなことを延々と言われ、しかも抱きしめられたままだったので、ナマエはだんだん恥ずかしくなってきて顔がタコのように真っ赤になっていった。身をよじると、フロイドはさらに抱きしめる力を強くした。彼はうんと体も大きいので、逃げられる気がしないナマエは、もうそのまま諦めて、落ち着くまで待つことにするのだった。




結局恐れていた夜も、ベッドに二人で並んで寝ただけで、何も手を出されることはなかった。寝る直前までメソメソしていたフロイドは、ナマエを後ろから抱え込むように抱きしめてきていたので、ナマエはただの抱き枕状態だった。スウスウ、とようやく彼が寝息を立て出した中、ナマエの目はしっかり開いている。何だか眠れる気がしない。しかし、フロイドの抱きしめる力が強すぎて、離れることはできなかった。


(フロイド先輩って、意外と優しいんだな…拗ねるだけで何もしてこなかった…)




―――――




「ジェイド。」
「……………。」
「ジェイド!」
「…アズール。何ですか。」
「そこ、金額。間違ってますよ。0が一個多い!全く、お前までそうなると困る。頼みますよ、本当に。」
「……ああ、本当だ。気をつけます。」

カチ、と0を一つ消す。ジェイドらしくないミスに、アズールがため息を吐いた。フロイドが恋煩いをしてからミスを連発していたが、ナマエと付き合ってようやく治ったというのに、ジェイドまで誤差をされると堪らない、そう思っているのだろう。

「そういえばフロイド今日は外泊だと言ってましたが、ちゃんとしてるんですかね。ああ、土産もきちんと持っていったんだろうな、心配だ。」
「どうですかね。ナマエさんがフロイドと宿泊するのをあまりにも怖がっていたので、彼女にキノコ料理を振る舞うように言ったんですけど。」
「は?そんなことしたら機嫌急降下するだろ。オンボロ寮で暴れたらどうするんですか。」
「急降下したら萎えたとか言ってここまで帰ってくると思ったんですけどね…。どうやら外れたようですね。ごめんなさいね、ナマエさん。僕もフロイドをコントロールするのは難しいんですよ。ふふ。」


ジェイドは時計をちらりと見た。もう時計は深夜の0時を回っていた。