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恋と成就


「小エビちゃん、好きな人いんの?」

その瞬間、教室は静寂に包まれた。ナマエは顔を青ざめながら扉の方を見ると、フロイドがそこで立っていた。目を見開いて、呆然としている。ナマエはそこで、以前にフロイドの機嫌が悪い時に、先輩や同級生に絡んでいる様子を思い出した。これは絞められるかもしれない。色んな意味で。ナマエはもう半泣きだった。そもそも、ジェイドたちに無理やりこんな状況にされて言ったことなのに、なぜ自分がこんな目に遭っているのか。フロイドは何故かそこに立ったままだったが、やはり身長が異様に高いだけあって迫力がある。ナマエは目をギュッと閉じた。フロイドがどう動くかは分からなかったが、もう神に頼るしかなかった。
しかし、フロイドが動く様子はなかった。不思議に思ったジェイドとアズールも彼の様子を見る。フロイドは目線を床に下げていた。ぼ〜っと一点を見つめているようだった。ナマエはどうなってるんだ、と思って彼を見つめていたが、その瞬間であった。

ぽろり

フロイドは一粒の涙を溢した。そこから続けてポロポロとこぼれ落ちていく。ナマエはギョッとした。フロイドがキレていたり笑っていたりするのはよく見かけるが、泣いているのは初めてだったからだ。人の心がないと思っていたウツボが泣いているのを見て、この人も泣くんだな…とただただ驚いていた。そんな彼の元へ、彼の仲間たちが近付いてくる。ジェイドはフロイドに、どうしたんですか、と問いかけた。

「う、うう…やだぁ〜〜〜。」
「やだ?」
「せ、先輩…?」
「ジェイドぉ〜小エビちゃん好きな人いるんだってぇ〜。やだやだやだ〜〜〜。」
「あ、あの…。」
「泣かせましたね。」
「え。」

ジェイドが、顔だけナマエの方に向き、ジロリと見た。途端に背筋が凍る。ジリ、と後ろに後退すると、背中に何かが当たった。恐る恐る後ろを向くと、アズールがニコリ…と微笑んでいる。ナマエがはは…と力なく笑えば、アズールが急に真顔になった。

「どう落とし前つけるんですか?人の純情を弄んで…。」
「え、え?」

彼は眼鏡のブリッジをクイッと直した。普通の人だったら何ばかなことを言ってるだ、と言えるだろうが、オクタヴィネルの寮長たちに睨まれたらナマエは口も体も動かすことができなかった。かなり理不尽なことを言われているのは理解できていたが、それに反論できるような頭がなかった。反論したところで、彼らなりの謎の理論で押し通されるだけだろう。ナマエはタラリ、と汗をかいた。

「ああー。胸が痛いよー。」
「胸ですか?」
「うん、焼けそう。小エビちゃんが好きな人いるって知ってからずっと痛いよー。怖いよー。」
「なんと……。」

フロイドはわざとらしく胸を抑える。目を潤ませて、時々チラリとナマエを見る。フロイドと目が合うたび、ナマエはビクッと驚いた。ジェイドが困った顔でフロイドを見つめた。

「これは…ナマエさんがフロイドと付き合わないと一生治らないでしょうねぇ…。」

ジェイドはそう溜息を吐いて彼の片割れと同じように、チラリとナマエを見た。話し方がまたまたわざとらしい。後ろからまた溜息が聞こえた。これ以上何を言われるのか。ナマエの汗の量がどんどん増えていく。

「かわいそうなフロイド…。一生この傷を引きずって生きていくのですね。そしてナマエさんはなーんにも知らず、他の人と幸せになっていくのでしょうね…。」

アズールはそう言ってナマエの両肩に手をやった。ぽん、置かれた瞬間に体が震える。何故本音を言ってこんなに追い詰められているのだろうか、とナマエは混乱していた。しかし、三人の目が怖すぎる。フロイドも泣いてはいたが、時々ナマエを見つめる目が爛々と光り輝いており、ナマエの体は縮み上がった。逃げようにもアズールが後ろにいるので逃げられない。ナマエがどうしようか考えている間に、フロイドが長い足を使って距離を縮めていた。いつの間にか彼が前に立っている。ナマエはゴクリ、と息を飲みながら、フロイドを見上げた。

「小エビちゃん、好き。」
「え」
「好き、大好き。この前笑ってた時から、ずっと胸が苦しくて、何でだろって思ってたら金魚ちゃんが恋だって教えてくれた。」
「り、リドル先輩ぃ〜…。」
「今他の男の名前呼ぶなよ。」
「すみません。」

フロイドは、頬を染めてモジモジしていたのから一転、ナマエがリドルの名を読んだ瞬間に目を見開いき、腹の底から出したような低い声を出した。ナマエがその瞬間に背筋を伸ばす。

「小エビちゃんのこと毎日考えて、会いたいなぁって思って、それで、ジェイドたちに相談、した、けど…。」

ぼた、ぼた、ナマエの顔に滴が落ちる。ナマエは呆然としながらただただ立っていた。フロイドがナマエの肩を掴む。知らない間に、アズールはナマエから体を離していたらしい。

「でも、小エビちゃん好きな人いるんだよね…?」
「あ、あの、えと…。」
「そうなんだ、そっかぁ…。」
「ふ、フロイド先輩?」
「…う、うう。苦しい…。助けて小エビちゃん…。」
「先輩…。」

フロイドがナマエの肩に顔を埋めて泣き出した。先程まではわざとらしかったが、どうやら本当に泣いてるらしい。ナマエはもうどうすることもできなくて、そのままフロイドの頭を見つめていた。すると、彼の片割れが不意に声をかけてきた。フロイドはそろ、と顔を上げてジェイドを見つめる。ジェイドはに…と微笑んだ。

「安心してください、フロイド。ナマエさんの好きな人とはあなたのことです。」
「え、そうなの?」
「え?!」
「そうですよ。ナマエさんは僕にフロイドとお近づきになりたいけどどうしたら良いかわからない〜って泣きついてきたんです。」
「そうなの?!」
「ジェイド先輩!」

ジェイドが事実でもないことを涼しい顔でペラペラと話す。ナマエは唖然とした。なんて男だ、こいつは…。フロイドの目がだんだんと光を取り戻していく。その様子を見て、彼女は本能的な「やばさ」を感じた。双子同士で見つめあっている間に、そろ、と彼の元から離れようとしたが、

「どこ行くんですかナマエさん。」

真顔でアズールに止められそれは阻止された。ジェイドのお喋りは続いている。

「でもナマエさん、いざフロイドを前にすると照れてしまって話せないみたいで…だから今素直に私も好きですって言えないみたいなんですよ。」
「そ、そうなんだぁ…。」
「そうです。人間の恋にも様々な形があるみたいですよ。」
「へえ〜人間ってやっぱヘンだよね〜。」
「諦めなさい、ナマエさん。あの双子がああなったらもう無理ですよ。」
「アズール先輩、そんなこと言わないでください。」

ナマエはアズールに泣きついた。この中で一番話が通じそうなのはアズールだったからだ。しかし、彼はナマエからサッと目を逸らす。例えどんなに良い条件で取引できたとしても、モストロラウンジの経営のためにはフロイドの問題を解決するしかないため、彼は無情だった。さっさとフロイドには元に戻ってもらいたいのである。ナマエは泣いた。心の中で。

「小エビちゃぁーん。」
「ひ、」
「小エビちゃんも、オレのこと、好きなんだねえ。嬉しい!」
「ふ、フロイド、先輩…。」
「オレたち、両思いってことだよね?」
「……。」
「ね?」
「……………………………ハイ。」

蚊の鳴くような声で返事をした。こう言わないと離してもらえないだろうし、フロイドとジェイドの目から「言え」という圧力を感じたのである。それに、あそこまで泣かれると、本人も気まずかった。フロイドは、パァ、と目を輝かせ、ナマエの肩をギギギ、と強く掴む。

「う、嬉しい!小エビちゃん、ギューってして良い?!」
「え、こ、ここで?」
「うん!いいよね?ね?返事、ほら、早く。あーもういいや、ギューってしーちゃお。」
「あう……苦しい……。」

フロイドはナマエを力強く抱きしめた。ナマエの体はスッポリと包み込まれる。彼の後ろでジェイドがニコニコとしており、ナマエの後ろからはアズールの溜息が聞こえた。その様子を見て、ジャミル先輩助けて…と心の中で思った。フロイドは、少し体を離し、片手でちょんちょんとナマエの肩を叩く。フロイドを見つめると、耳貸して、と言われたので彼の顔の方に片耳を向けた。

「逃げられると思うなよ。」

ナマエは心中で泣いた。